蟻は今日も迷路を作って

くだくだ考えては出口のない迷路に陥っている

パン屋襲撃

 パン屋が好きだ。
 駅前にパン屋があるだけで、あ、この街は良い街だな、と思う。
 パン屋に行ったことがないという人のために説明すると、パン屋とはパンを専門に売っている店のことで、多くの場合は入り口にトレーとトングが設置されており、それを使って陳列されているパンの中から好きなものを選んで購入することができる。パンの多くはなんの包装もされず生まれたままの姿で置かれていて、レジで包装してくれるが、この時「包装と袋結構です」と言えば本体をそのまま手に渡してくれるので、おすすめしない。
 
 パン屋はパンの匂いで満ちている。当然のことではあるのだが、これがたまらなく良い。
 私は一度でいいからなんらかの食べ物の中に体をうずめてみたい、という夢がある。
トムとジェリー」でジェリーが穴の開いた大きなチーズ(因みにこのチーズはエメンタールチーズという)の中で生活しているシーンがあって、幼いころそれに、猛烈に、焦がれるほどに憧れた。また、「おぼっちゃまくん」だったか忘れたが、なんかのアニメでゼリーのプールで泳ぐシーンがあり、しばらく夢を見るほどに羨ましかった。
全身好きな食べ物まみれ。
 死んでもいい。
 パン屋はそんな願いを少しだけ叶えてくれる。「香り」によって全身を包んでくれる。視覚にはパンしか目に入らない。好きなパン取り放題(金を払えば)。サイコーだ。
 本当は、5m×5mくらいの部屋に、床から頭の先までパンで埋めてほしいくらいなのだが、そうはできないので、譲歩して妥協した形がパン屋になる、が、十分だ。夢は見るためにある。
 パン屋を執拗にうろうろし、香りの中を泳いで、時には立ち止まって白目を剥き「パンのプール」を泳ぐ自分を妄想して、香りを全身に沁みこませ、気に入ったパンがあればそれを撫で回し、頬ずりし、口呼吸でパンの精気を吸い込むなどすると、パン職人に裏に連れて行かれて、こてんパンにされるので、おすすめしない。
 でも、実はそうしたい。パンを随意に好きなようにしたい。でも、それは叶わない。逮捕され、人生が破滅する。そんなことで人生を破滅したくない。
 だから、私はパン屋に行ったら、トングをかちかち鳴らして、パンの表情を見て回り、微笑みを与えることにしている。そうして、熟考の末、胃袋に収めるパンちゃんを決めるのだ。
 なんにせよ、私は変態なのかもしれない。

 ちなみに、特に私が全身をうずめて死にたいと思っている食べ物は「パンケーキ」と「クレームブリュレ」である。パンケーキで窒息死したい。パンケーキを食べるときそんなことを考えてニヤニヤしていると、一緒に来た人に「キモい」と言われるので、おすすめしない。