蟻は今日も迷路を作って

真面目な話からそうでない話まで。本当の話から嘘の話まで。蟻迷路(ありめいろ)という人が書いてます。

見透かされた私は

 日、卒論の面接があって、教授から講評とご指導を賜った。
 先生は私がとても尊敬している人で、文章を書いたり小説を書いたりその他生きていくうえで多数のご指導ご鞭撻を与えてくださったので、勝手に恩を感じている。先生のおっしゃることがすべて正しいとは思えないけれど、それは間違っているというわけではなく、そういう正しさなんだろうな、と納得している。
 私が興味のない学問分野を取っているのは、先生がその分野を専攻とされているからであって、その学問に感銘を打たれたことや逆に失望したこともない。先生に付いて行って学びたかったからそれを専攻しただけだ。学問に惚れたのではなく、先生に惚れたのだ。
 今どきこういう考え方をする人は少ないだろう。多くの人は、自分がやりたい勉強をしたいからだ。
 でも、クラスの人たちが「自分のやりたいこと云々」言っているのを見ると、私は内心「嘘つき」と思っている。
 どうしてやりたい勉強があるのに遊び惚けているのだろう。本を読まずにスマホばっかいじっているのだろう。この学部にいるのだろう。彼等はみんな嘘つきだ。本当にやりたい学問なんてないくせに、格好つけてそんなことを言っている。本当のところは苦手を避けて楽な方向へ行きたいだけなのだ。多くの場合は。
 私も特に勉強したいことはなかった。少しだけ興味のある分野があったが、でも熱を上げてやりたいほどではなかった。それよりもむしろ、やはり先生を選んで、先生のお話を聞きたかったし、先生に付いて行ければそれでいいと思った。
 だから、先生を選んだ。先生で選んだ。


 卒論面接。かなり不安で、内容についていろいろ言われるんじゃないかと胃が痛かった。先生は狂犬を薬漬けにしたような怖い人なのだ。手は出ないけど、よく怒る。
 しかし、先生は内容についてはあまり触れなかった。文体のリズムや論旨の進め方などについてお話しなさっただけだ。
「内容は、おもしろかった。うん、悪くない」
 先生が卒論の内容について評価をするとき、おもしろいかつまらないかしか言わないことはわかっていたので、「おもしろい」と評価してくれたことはとても喜ばしかった。
「ただ、長ぇよ。こんなに長くなくてもいいだろ。だいたいわかるんだから」
 その通りだった。
「一度こうと決めたらその枠組みに沿って論を進めてしまっていて、なんかこう、文学の論文としては、そうだね、なんだか理系的な考え方だよ、君は」先生は続けてお話しなさる。
「1+1=2であることに疑いを持っていなくて、一度決めてしまったらそれしか考えられない。そんな論文だった。あとはその式に従って論を進めていくだけ。論旨は理解できるし、論理的だけれど、文学はそうじゃない。
 なんか、冷たい印象があったね。必要なものとそうでないものを分けて、必要なものだけを使っていて、不必要なものやあるいは必要の可能性のあったものをまったく切り捨てているね。それは君の人間性にも言えそうなことだが」
 どきりとした。
「もっと広い見識を持って、大人になるべきなんじゃないかな。可能性を捨てないべきだよ。いやね、たかが四年生の卒業論文にそれを求めるのは難しいんだよ。みんなこんなもんなんだよ。だからこそ、これから社会に出て、経験を積んで、心の幅を広く、余裕をもっていくんじゃねぇのかな

 これから人間関係でたくさん傷つくことだろうね。面倒なことだらけだよ。でも、君の文章を見ると、今までは案外そうでもなかったんじゃないかな?情報にそうであるように、人間関係もスパスパ切ってきたんじゃないかな」
 その通りだった。背中に汗を掻いた。
 私は人間関係で面倒なことになるのが嫌なので、卒業をするたびに人間関係を清算してきた。
 そして、昔の人に会うとその人の中に昔の自分、嫌いな自分を見た気がして嫌になるのだ。それは自分の弱さであり、「悪」とも呼べるものだった。そんなところがまた、自分を嫌いになる。
 昔の自分を不必要なものだと思っている。だから、昔の人たちも不必要なんだ。
 先生に見事に言い当てられた。
「社会に出て、つらいことは沢山あるだろうけど、そうやって揉まれながら大人になっていくんだよ。そうやって、心を育んでいくんだよ。頑張りなさい。卒論を最後まで書けたんだから、こんなに長くね、ガッツはあるはずだ。
 この論文は、なんてことのない、君という人間そのものだったってことです


 あとはジョジョの話やAKIRAの話をして面接は終わった。
 自分の文章を読まれて、人間性の奥まで見透かされてしまった。そう読める先生がすごくてまた尊敬してしまったし、同時に少し傷ついた。自分で自分に傷をつけた。目を瞑ってきた自分の「弱さ」に目を向けたからだ。
 でも、この弱さを受け止めなければならないよな、と思う。そうしないともっと良い文章は書けない。そうしないと心は広がりを見せない。


 厳しいことも言われたけど、大変勉強になった。
 先生はとても怖いけど、とても優しい人なのだ。怒るときはいつも生徒のことを想ってくれている。興味ない顔をしているけど、指導のときも生徒のことをよく見ている。
   それとは関係なく、単に腹いせで怒ったりもする。