蟻は今日も迷路を作って

真面目な話からそうでない話まで。本当の話から嘘の話まで。蟻迷路(ありめいろ)という人が書いてます。

とんかつが好きすぎてとんかつ屋でバイトをしていた

 ンケーキを好きであることは、私のアイコンが星乃珈琲のスフレパンケーキであることから多くの人が察しているところだろうが、実は私、パンケーキと並んでとんかつが大好物である。
 知るか。
 
 
 とんかつが好きすぎて、とんかつに関するエッセイを一万字書いて恋人に無理矢理読ませたことがあるし、とんかつ屋でバイトしていたこともある。今日はそのバイトについて書きたいと思う。


 19歳の頃、近所のとんかつチェーン店でバイトしていたのだが、めっぽうつらかった。
 とんかつ屋って基本的にとんかつの匂いがして、アロマを焚いていたりなんかしないわけで、客として来店したときはそれがまた食欲をそそって嬉しいのだけど、一日8時間もそんなところにいると、しかも連日いると、鼻がのけ反りそうになる。
 制服なんて毎日洗わないからだんだん油のにおいが染みついてきて、週末にもなると高温の油に投入したらカラッと揚がるんじゃないかなってくらい油ギッシュになる、ので、洗濯するときは他の衣類と一緒に洗うと終わる。
 調理場には、多くの料理店がそうであるように、いくら対策をしてもゴキブリが湧いていて、私はなぜか「蟻迷路はゴキブリに強い」という噂を流されていたため、奴らの処分をせねばならず、おかげさまで、ティッシュ1枚でゴキブリを処理できるようになった。
「ほら、ゴキブリ得意じゃん」
「得意じゃないです」
「任せたよ」
 先輩は聞く耳を持たなかった。かくして私はバイト一週間でゴキブリ処理担当大臣に任命されたのだ。ちなみに、処理とは握殺のことで、ティッシュは2枚あると心強い。
 また、ゴミ捨て場にはちょっとした子犬くらいの大きさの鼠がウロウロしていて、極めて不潔だったし、危険だった。
「ゴミ捨て場にさ!いたの!ちゅーちゅー言ってた!蟻迷路!来て!」
 ギャルの先輩に袖を引っ張られてゴミ捨て場に連れて行かれる。なんでおれが?
「好きでしょこういうの」
 バイトの人たちは私をなんだと思っていたのだろう。しかし事実、こういうことは不得手ではなかった。
 先輩に盾にされながらゴミを処理した。ちなみに処理とは、鼠が寄ってこないように大声を出しながら、音をたてゴミ捨て場にゴミを置いてくることだ。


 バイト先の人々は学歴も経歴も年齢も様々で、主婦もいたし、ギャルもいたし、中卒もいたし、高校生も大学生もいて、半分ホームレスみたいなおっさんもいた。私はずっと同じような学力で同じような経済環境で同じような趣味の人たちとばかりいたから、なんだかバイト先の環境は新鮮だった。
 中卒の同い年の彼やギャルの先輩や、陰で「異常者」と呼ばれのちに林業を営むことになる経歴不明の先輩や、保育士を目指していた前歯の欠けた女の子は、勤務中にこっそり抜け出してコンビニへコーヒーを買いに行ったり、裏口で煙草を吸っていたりした。けれど、優しくしてくれたし話すと面白い人たちだった。
 半分ホームレスみたいなおっさんは仕事を覚えるのが遅いし気が回らないし、声も小さいし、変な臭いがしたし、なんで採用したの?って感じだったけど、誰よりも真面目に一生懸命働いていた。
 さまざまな人がいて、交流を持てたことは良いことだったなぁと思う。勤務のきついチェーン店にしては人手不足ではなかったのもきっと、みんなの人当たりが良かったからだ。
 そもそも、私を採用したことから良い店舗だったことがわかる。
「どうしてうちで働こうと思ったのですか?」
「とんかつが、好きだからです」
 面接に不慣れだった私は「とんかつが好きだから」でほとんど押し通した。今思えばすごいバカだが、当時の私は大まじめだったのだ。
 翌日、採用の電話がかかってきた。
 そんな感じだった私を採用した時点で、悪くない店だということがおわかりいただけるだろう。同時に、大丈夫かこの店は?と思うだろう。


 私は、自分で言うのもなんだけど、それなりに要領が良くて、ホールではレジ以外の仕事は教えられなくても一通りこなすことができた。「呑み込みの早さと応用力が異常」と恐れられたものだ。
 客対応はつらいこともあったけどおおむね楽しかったし、忙しければ忙しいほど時間を忘れて働いて、充実感があった。ホールや裏方の食器洗いや掃除が好きだった。
 その要領の良さを買われて、私は調理担当の職務を仕った。
 キッチン、地獄だった。
 ホールよりやる仕事が多く、うちの店は人件費を削減するために本来二人でやらなければならないキッチンを一人でやらせていたので、相当慣れないと要領よくこなすことができなかった。
 私の不幸は、キッチンの業務を一度しか教えてもらえなかったことだ。
 諸事情あって、一度きり教えてもらっただけで、たったひとりでキッチンに立つことになり、夜の三時間をさばかなければならなくなった。
 あの夜は地獄だった。
 ガンダムに乗ったアムロ・レイよろしく、マニュアルを見ながらとんかつを揚げ、盛り付け、ヒレカツとメンチカツを間違え、タレを間違え、エビが爆発し(本当に爆発する)、ご飯の量を間違え、炊飯ができず、今思い出しても脳が収縮して痛みが走る。


 そんなこんなでしばらくの間そこでバイトしていたのだが、私は東京に移り住むことになったので、辞めてしまった。
 楽しかったけどつらい思いも随分したので、とんかつを嫌いになるんじゃないかなと危惧したが、嫌いにはならなかった。むしろ、より好きになった。作る人の苦労がわかる分、ソースが沁みて美味い。


 

 

 

 ただ、私はそのチェーン店のとんかつを食べたことは一度もないし、これからもない。

 

 

twitter.com