蟻は今日も迷路を作って

真面目な話からそうでない話まで。本当の話から嘘の話まで。蟻迷路(ありめいろ)という人が書いてます。

ショートケーキのいちごに乗って

 動車の運転免許を取ったのは遡ること一昨年の夏。こんな私でも免許取れるんだ、と思ったものだ。
 というのも、私は適性検査で最低ランクの数値を叩き出し、「事故違反多発タイプ」という最悪の称号を賜っており、それは要するに「できるだけ運転はひかえて、家の中で大人しくして、必要最低限の酸素と水と食料で死をただ待ちなさい」という称号であるから、ハンドルを握るのは諦めようと何度も挫折しかけていたのだ。でもなんとか免許は取れたので、以来、ガンガン運転している。
 注意して運転すればいいだけだ。必要以上に注意する必要があるが。
 どうして「事故違反多発タイプ」かというと、私は適性検査のときに、面倒だしやってられるかとイライラしてきたため途中で回答をやめ、マークシートをテキトーに塗りつぶして遊んでいたからだ。
 そういうところも含めて「事故違反多発タイプ」なのだろう。
 診断結果を見ると、「あなたは人間として最低で、運転どうこうの問題ではない、まず前世が畜生であったことに疑いの余地はなく、ふつうに生活しているだけでも危険だ。このままでは幸福にはなれないし、周りを不幸にするだろう。死んでください。国からのお願いです」といった内容が書かれていて、私は、はっきり言って泣いた。自信を失った。家族や恋人に申し訳なく思った。こんな人間ですまないと赦しを乞うた。来世はないだろう。
 診断結果が的外れなら良かったのだが、読めば読むほど私の内面を露わにしていて、ショック。そのへんの純文学小説より或る一人の人間といふものを浮き彫りにしていて、しばらくは酒を飲み歩いて道で眠ることをやめられなくなった。おれは下道に堕ちた。
 

 でもなんとか免許は取れたので、それからは実家の車を使って練習し、なんとかこれまで無事故でやってこれた。有効期限が平成32年というが、平成32年は永遠に来ないので、ここでバグが生じ、永遠に更新に行かなくても済みそうなので嬉しい。
 意外と、事故多発じゃないんじゃないか、と思っていた。集中して、教えられた通りに運転すればいいのだ。簡単だ。そう思っていた。


 診断結果は概して当たっていた。というのも。
 去年の年の瀬に16歳の飼い犬が死んだ。秋にも一頭亡くしていたので、我が家の犬家族消失のダメージは凄惨たるものとなり、かつてないほど暗い正月になった(余談だが、半年間で犬2頭と父親を亡くすって、死神でもいるのかうちは)。
 市の焼却場で火葬をしてくれるので、家族でむかった。運転は私だ。後部座席で愛していた犬が冷たく揺れているのが堪えがたく悲しく、世間はクリスマスで浮かれていて、陽も暖かく、そのことがとてつもなく冷徹だった。
 ここで、私の運転適性が発揮される。
 私は注意が散漫でかなり集中しないと状況を把握できない。うわの空でいるとあっという間に事故る。この時の私は犬を亡くしたばかりで終始うわの空、自分が運転しているのを精神的に俯瞰して見ているような状態で、まったく危険極まりない運転をしていた。
 右折でバイクと衝突しそうになったり、信号の変化に気付かなかったり、歩行者にぶつかりそうにもなった。バックの駐車が突然できなくなり(ハンドルをどう切ればいいのかまったくわからなかった)、パニックに陥った。しっかりしなきゃと思ってもできない。
 なによりもショックだったのは家の駐車場から出る際、壁にこすってしまったことだ。信じられなかった。擦るような難所でも角度でもないのに、がりがりがりっと後部座席の左ドアをやってしまった。
 うわの空にもほどがある。
 私はそれ以来、一カ月間運転するのを自らに禁じた。心が安定するまではとてもじゃないけど運転できない。重大事故に繋がりかねない。
 傷消しのコンパウンドを買ってきて擦ってしまった部分を磨いたが、まったく効果はなく、それほどに大きく深く傷つけてしまった。傷ついてしまった。
 自分でつけた傷を寒空の下磨くのはほんとうに嫌な作業だ。磨けば磨くほど情けなくて、惨めになってくる。消えない傷が心を抉ってくる。己の手で傷を撫でる。


 それから一か月が経ち、私は恋人と沖縄へ行くことになった。

 沖縄では車がないと移動できないのでレンタカーを借り、ペーパードライバーの彼女よりかは運転できるだろうということで一カ月ぶりにハンドルを握った。最初こそ不安だったが心もようやく安寧にあったし、運転しやすかったし、なによりもここで心中するわけにはいかないので集中し、なんとか無事故で帰ってこれた。
 それ以来運転を通してトラウマを克服し、自信を回復することができた。


 車の運転は楽しい。行動の幅が広がるし、恋人を乗せてどこかへ行くというのは、ショートケーキのいちごくらい素敵なことなのだ。

 

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