蟻は今日も迷路を作って

真面目な話からそうでない話まで。本当の話から嘘の話まで。蟻迷路(ありめいろ)という人が書いてます。

「ハナムラ楽器店」でハンドメイドのオリジナル・エレキギターを作ってもらった話

 作り楽器のお店で、大学1年生の時エレキギターを作ってもらったのは、人生の輝かしい思い出のうちの一つだ。
 私がその店を知ったのは、先輩の紹介だった。その先輩もかなり変わった人だったのだが、「その楽器屋、蟻迷路みたいな人間は好きだと思うよ」と教えてもらったので、私は昼休みに一人、その店へ向かった。
 ハナムラ楽器というお店だ。


 店はラッカーと木の甘い香りがした。中は細長い形をした一間で両壁に楽器や木片や材木やコイルが所狭しと並び(あるいは放置され)とても狭くて、暗く、埃っぽく、店と言うより倉庫みたいで客をもてなそうという気概は一切感じられない。店の奥の作業場兼アンプ兼お会計兼テーブルに足を載せて(足台も兼ねているのだ)、一人のおじいさんが眠っていた。
 私が店に入ってもおじいさんは眠っていたので、なんだか気まずく、でもまぁ寝てるなら起こすこともないよなと思って楽器を眺めていた。
 楽器はエレキギターエレキベースウクレレ、フォークギターを中心としたアコースティックギター(アコギ)がメインなのだけど、全く知らないメーカーだった。何の楽器なのかもよくわからないものや、琵琶みたいなものもあった。そのへんに打ち捨てられた作りかけみたいな楽器があったり、ギターネック(握る部分)だけが十数本も吊るされていたり、なんだか楽器の実験室みたいだった。
 でも、どの楽器もラッカー仕上げ(テカテカしてないということ)の木目調に温かみがあって、目に優しく、フォルムも美しくて、どこか民族工芸品のような趣があり、しばらく見惚れてしまった。
 すると店主が起き、
「bjhsxgづうぇydgbぁいおh?」何かを言ったのだが、早口なうえに活舌が悪くて何を言っているのかさっぱりわからなかった。
「ちょっと見させてもらってます」
「あそ」店主はそう言うと起き上がって、吊るしてあるギターを手に取った。「ここのはね、全部おれの手作り」
 このおじいさんこそが楽器職人のハナムラさんだった。
 
 
 私は楽器の唯一無二の造形とハナムラさんの人間性に惹かれて足しげく店に通った。たまに売り物の楽器を弾かせてもらったりして、その音圧と音の深みと甘さ、広がりの豊かさにいちいち驚いた。
 エレキギターはアンプを通して鳴らす楽器なので、楽器の種類はともかく、音の違いはアンプによってしか変わらないんじゃないかと思われがちだが、実はヴァイオリンやピアノと同じように、木の質や種類、加工の方法によって音がまるで違う。そのことを教えてくれたのもハナムラ楽器だった。
 お店にいると、けっこう頻繁にハナムラさんのお客さんが、楽器の調子を見てもらったり、単に雑談をしに来たり新作の試し弾きをしに来たりする。大抵一度はハナムラ楽器で楽器を制作してもらった人ばかりで、ハナムラさんと懇意にしてるみたいだった。できたてホヤホヤのアコギを手に、お客さんとハナムラさんと私で知ってる曲を代わりばんこに歌ったりした(ハナムラさんは大昔の誰も知らない歌謡曲を歌った)。
 そうした日々の中で、私は決意した。ハナムラさんに自分の楽器を作ってもらおうと。
「いくらくらいですかね」
「安くても30万だね」
 私は30万円なんて持っていなかった。
 なので、バイトをしてお金を貯めた。このときバイトをしたのが以前にも書いたとんかつ屋である。

arimeiro.hatenablog.com


 数か月して40万円ほど貯めたので、満を持して作ってもらうことになった。
「よく貯めたなぁ」ハナムラさんは寝ぼけた調子で言ったが、私の熱意に応えてくれようと、上体を起こし、「まずはここから木を一枚選んでくれぃ」と言った。


 木。


 木を選べ、とはどういうことかと言うと、店には厚さ5センチ以上の一枚板が数百枚並んでおり、そこから気に入った木を選ばなければならないのだ。
 どうやら店主はこの板を基に、ギターを作るらしい。
「選んだら、今度はネックを選んでくれ」店主は十数本ネックを持ってきて、私に渡した。

 

 選ぶ。どうやって?
 とにかく選ぶしかない。

 

 店主はまた奥のテーブルで寝てしまったし、私はとりあえず板を何枚か床に置き、触ったり叩いてみたり木目をなぞってみたり、においを嗅いだりした。
 ひとくちに板と言っても様々な板があり、木目が真っ直ぐなものやなんか変なにおいのするもの、森のにおいがするもの、叩けば甲高い音のするもの、しっとりとした音のするもの、さらりとした触り心地のもの、棘のあるものなど、実に多種多様であった。そして、なにが良い木の特徴なのか私にはわからなかった。私は木目の感じとにおいが好きなやつと、動物的な勘を駆使して、二時間くらいかけてすべての板を吟味した。そして4枚を選んだ。
「ああ、この木は駄目だね。ほら、ひび」選んだうちの1枚はすこしひびが入っていた。
「あ、これもだめ。この一枚板だけで60万するから笑」その板は色の濃い硬い材質のもので、私が一番気に入っていたやつだった。そんな高価なもん雑に置いとくなよ……(後日、その板は店主が気まぐれにギターにしてしまった)。
「後の2枚で好きな方を選んで」
 私はなんとなくにおいが気に入っていた方を選んだ。犬か。
 ネックはすべて握ってみて、最も手に馴染むものを選んだ。合うネックというのは、手に吸い付くように合うものだ。こうしてパーツが揃った。


 それから2日にいっぺんのペースで店に通った。
 次に店に行くと注文した図案がカレンダーの裏に描かれていた。カレンダーの裏て。そういうところが好きだ。
 私が注文したのはエレキギターの中でもフル・アコースティック(フルアコと呼ばれるタイプのもので、基本的にエレキギターは内部に空洞はなく木が敷き詰まっているのだが、フルアコは内部が空洞になっていて、Fフォールというヴァイオリン様の穴が開いておりアンプに繋がなくてもある程度の音が出、アンプに繋ぐと甘くて深い音が出る。

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フルアコの例)

 フルアコこそがハナムラギターに最も即したものではないかと考えたのだ。
「でもね、おじさん、Fフォールは開けないでほしいんですよ」
「えっ、開けないの?どうして??」
「なんとなく、です」私はなんとなくFフォールを開けたくなかった。その方が格好良いと思ったのだ。
「開けた方がいいぞぉ」ハナムラさんはそう言うが、私は断固として開けないでほしいと願った。結局、納得してくれた。「完成した後で開けたくなったら、丸いのなら開けられるからな」
 

 選んだ板を形に沿ってくり抜いて外枠を作った。そのため、私のギターには繋ぎ目がない。これはちょっと異常なことだ。前後を覆う板も一枚板なので合板の繋ぎ目はどこにもないのだ。すごいことだ。店主曰く、接着剤を用いて木を重ねると楽器が震えなくなり、音に深みが出なくなるらしい。
 店に通うたびにギターが出来上がっていく。

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フルアコなので内部は空洞になっている)

 つまみや細かいところもすべて、木。

 糸巻き(ペグ)も木で作ってもらった。これ作るのがめちゃくちゃ大変だったらしい。ありがとう店主……。

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 そして、およそ一か月というおそるべきスピードでギターは完成した。
 店主は歳を取ってから年に数本しかギターを作れなくなってしまい、私が依頼をするまで店で寝てるばかりで若干、鬱、みたいな状態だったらしく、仕事に身が入らなかったそうだが、私が熱意をもって依頼し、バイトをして約束通りお金を貯めたことに感心して、情熱を思い出し、熱中して私のギターを作ってくれたらしい。本当に有難いことだ。
 その結果、サイコーのギターが完成した。

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 アンプを繋がないで弾いてもわかる、この音の広がり方。低音は深海よりも深く、中音域はまろやかで、高音は高らかに歌い上げる。アンプに繋げばそれらは共鳴して内臓の、血管の、神経の、骨の、髄の底まで響いて、背中に鳥肌を立たせ、私を震わせる。ただの和音がオーケストラのように広がっていく。脈絡のない音に詩のような情感がこもる。
 ラッカー仕上げのため、触り心地は木そのもので、温かみがある。というか、本当に温かい。私の体温が楽器に移るのだ。そしてそれで、この楽器は体の一部のようになる。
 

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 私はしばらくの間そのギターでバンドをやっていたのだが、最近はバンドの活動をしなくなってしまった。でもギターをやめたのかと言うと、そういうわけではなく、必ず一日一回は触れて、好きな曲を弾いたり一緒に歌ったりしている。


 私は演奏も上手くないし、ズブの素人だ。高価なギターを持つ資格もない。
 ただ、このギターを持つ資格は私だけが持っている。なにせ、私のために作ってもらった、世界にたった一台の、私の名前が付いているギターなのだから。

 この子を弾くたびに、私は「私」のことを大切にできる気がするのだ。

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(バンドで歌ってたあたくし)

 

 

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