蟻は今日も迷路を作って

くだくだ考えては出口のない迷路に陥っている

僕たちは眠くてしかたがない

 眠暁を覚えず、なんて言葉は現代ではもう古い。

 春は暖かくなって布団が心地よいし、夏は熱帯夜の寝不足で昼間眠くて、秋は落ち着いた暑さに心休まってよく眠れるし、冬は布団が恋しくてたまらない。私たち現代人は結局のところ年がら年中眠いのだ。

 ただ、やっぱり春の眠気はどうかしている。一日中眠い。

 

 私は現在、会社にお給料をもらいながらコンピュータ基礎の勉強をしている。出社して、9時から定時まで講義を受けるのだ。なかなかの苦痛である。

 内容は、ちょっと予習しただけでは、ちょっと聞いただけでは、とうてい理解できそうもない事象や計算が頻繁に出てくるので、気を抜けない。

 講師はしかし、何を言っているのかよくわからないし、パワーポイントを使用しているため部屋は薄暗く、そして私は毎朝5時半に起床している(家が遠いのだ)ため、ここで起こることといえば、睡魔襲来。私は勉強どころではなく、一日の大半をいかに眠らないか、に労力を費やしているのだ。これで給料がもらえるなんて、いいのか。

 昨日は消しカスで練り消しを作って眠気を紛らわす。

 結果、授業をほとんど理解できなかったのに、粘度の高い上質な練り消しが完成した。小学生かな?

 昨日は金曜で疲れがたまっていたというのもあるのだろう、私の周囲でも多くの人が昼食後に舟を漕いでいて、数名注意を受けていた。睡魔は容赦ない。

 私は練り消しを練りながら歯を食いしばり、足を中空に浮かせて深呼吸、目を見開きブルブル震えて睡魔と戦った。この方法は私が社会人になって初めて得たスキルのひとつだ。こうして社会人になっていくんだなぁ。

 しかし、睡魔はすぐには退散しない。粘り強く私を夢の世界へ引き込む。

 気を抜くと頭の中で支離滅裂・理解不能の妄想が突如始まって、それに熱中してしまうとあっという間に眠りの世界へ堕ちる。これは夢のはじまりだ。

 夜はあんなになかなか寝付けないのに、どうなっているんだろう?うちの睡魔はちゃんと働け。税金を納めろ。確定拠出年金をやれ!

 舟を漕ぐ戦友たちは皆、眠りの三途の川を渡って行く。睡魔が渡しのあの世行き。

 がくん、がくん、と首を折っては首を振る前の座席の戦友を私は眺めていた。ああ、あいつも眠いんだな。私も舟を漕いだらああやって見えるんだな。ああ、みっともないな。でも頑張ってるな。頑張れ。

 彼を見ていたら、眠気が消えた。

 寝ちゃいけない場面で眠そうな人を見ると眠気が消えることを発見した。 

 がんばろ。背筋が伸びた。

 

 私はその後、真面目に講義を受けた。

 なるほど、なるほど、と時にはうなずき、わからないときには首をかしげ、何回か首をかしげ、右でかしげるのが痛くなったら左でかしげ……

 最終的に、なにも理解できていないことが理解できたので、結局のところ眠かろうが眠くなかろうが、アホには講義は理解できないのだし、私はすばらしい練り消しを作る職人になろうか転職を検討している。

 そんな春の金曜日だった。