時々、思い出したように卵の殻を食べるようにしている。
そうすることで私は、大切なことを思い出せるわけはないけど、なんとなく楽しい気分になるのだ。
卵の殻(茹で後)はふつうに食べることができる。『ハウルの動く城』でカルシファーも食べていたじゃないか。「炎の悪魔が食べれるなら、人間だって食べれるの法則」に従えば大丈夫である。
卵の殻はどんな味かというと、果たして味はない。においもない。無機物の、なにか素材でも食べている感じがする。口に入れればしゃりしゃりしていて細かく砕け、砂のようになってしまう。
卵の殻が鉱物の一種だとしたら面白い。鳥は石から生まれるのだ。だから鳥はみんな砂肝を持っているんだ。臓器の中に石を持っているんだ。まるで中世の生物学みたいな論理である。
殻が砕け散ると次第に飲み込みにくい。口の中がパサついて極めて不快だ。砂を食べることと変わりない。
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話は逸れるが、私は幼少の頃、公園の砂を好んで食べていたそうだ。
それを見た他の子達も私の真似をして砂を食べたので、親たちは子どもたちを叱りつけたという。私の母はどうしたかというと、私を叱らなかった。好きなだけ砂を食べさせていた。
周りのママ友にあなたは親としてどうかしてるんじゃないか?と言われたらしいが、子どもの好きなようにさせるのが教育方針だったらしい、母は私に好きなだけ砂を食べさせてくれたのだ。まぁ帰ってお茶でも飲ませて消毒させとけば大丈夫だろう、くらいの感じだったらしい。すごい肝の据わり方だ。
そのうち私は砂食をやめた。
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卵の殻を食べたから何かいいことがあるわけでもないし、体を壊すわけでもない。自傷でもない。どちらかというと自慰だ。
非日常の感覚。
日常では起きない少し変わったことを自ら作り出し、その中に自分を置くことでファンタジーな気分になれる。
だからどうってわけでもなく、誰にも迷惑もかけないし利益もないからやっぱり自慰だ。時々そうやって自分を慰めてやると朝の光の色が少し変わって見えるのだ。
私は、日常の殻を破っていきたいのだ。私たちは卵の殻の中の世界であーだこーだ言っては怒り憎み蔑む。もっと世界を拡張して広い心で生きていきたい。
だから、私は、殻を破る。殻を食う。
「また殻食べてる」妹が言った。
「妹子もお食べよ。美味いよ」
「美味しいわけないじゃん」
「そうだよ」
「は?」
「美味しいわけないよ」
「じゃあなんで食べるの?」
「食べたいから」
「なるほどね」妹はゆで卵の殻を剥きながら言った。「頭がおかしいのね」
母親譲りだ。