蟻は今日も迷路を作って

真面目な話からそうでない話まで。本当の話から嘘の話まで。蟻迷路(ありめいろ)という人が書いてます。

23歳、春の終り、ソロ・クレープ・デビュー

    界だった。

    この一週間の研修はかなりキツくて、どうキツかったのかと言うと、拍子抜けするだろうが、「何もしない」キツさが私たち新入社員を苦しめたのだ。そのやられ具合は、完膚なきまでに、という言葉で表せる。

 

    数百ページあるPDFファイルを渡され、自習していろ、という研修だ。

 

    講師は来ないし上司も忙しくて来ない。

    私たちは朝9時から定時の17時まで、ひたすらPCを睨みつけてファイルを読み、わからないところはググり、ノートにメモをし、眠りたくなったら寝て、喉が渇いたら適宜潤し、トイレへ行きたかったら好きにすればいい、という具合に各々のリズムで過ごしたのだが、完全に限界だった。

    こんなにつらいことある?ってくらいつらい。まったく時計の針が進まないのだ。誰か遅らせてる?スタンド攻撃?

    言葉では説明しにくいキツさ。だって、忙しいわけじゃない。気を失いそうになるわけじゃない。じっくりコトコトぬるま湯で骨が溶けるまで煮込まれているような疲労感が私たちをこの一週間襲ったのだ。襲ったと言うにはあまりにもゆっくり、そして陰湿なものだった。

    私たちはひたすらファイルを読み、頭に叩き込まなければならない。ファイルを外に持ち出すことはできないから、ひたすらノートに取らなければならない。内容がほとんど未知なので全然頭に入らないし、なによりもつまらない。ゴーストタウンの郵便ポストを眺めていた方がまだマシだ。

    研修室(天井が低くて空気が悪くて暗い)は人々でひしめき合い、ひそひそと「まったくわからんね」と囁きあい、「帰りたいな」だの「もう許してください」だの聞こえ、何も面白くないのに虚空に向かって笑う者もいて、まさに憂鬱の煮こごり、って感じだった。それは形の崩れるほどやわらかくて、黒く、苦い。

 

    限界だった。

    限界なので、私は帰りに原宿へ行った。金曜の就業後、風が少し冷たい5月。

 

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    渋谷から竹下通りまで歩いた。

──あれを食べなければならない。

    爽やかな春の終りの風がそう言っている気がして、私は竹下通りをまっすぐ、脇目も振らずに歩いた。あれに向かって一心に。

    あれとはなにか?

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    そう……

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    クレープでぃ〜〜〜〜っす☆☆☆☆☆

 

     原宿の聖なる食べ物といえば、古よりクレープと決まっている。タピオカじゃない、チーズホットクじゃない、クレープだ。

   誰がなんと言おうとクレープなのだ!!!!!!

    クレープ屋の客は国籍多様な外国人ばかり。日本人は私だけだし、ソロで来ている人もいない。

    クレープって、みんなで食べるものだから。そう言わんばかりにカップルや友だちとクレープを頬張っている皆さん。

    私はその陰でうめぇ!うめぇ!甘ぇ!!とホイップクリームの熱量にうだされる。

 

    こんなに甘いのかってくらい甘い。

    染み渡る甘さだ。全身が喜んでいるのがわかる。煮こごりになってしまった疲弊がほぐれて舌の上に甘く溶けていく。

    サイコー!サイコー!サイコー!サイコー!!!!!

 

     いぇ〜〜〜〜い!金曜日!!!!

 

     うほほほほほほほほほほほ!!!!!

 

 

    と、なんとそこに、私と同じソロ・クレープ・プレイヤーの男性が来た。同士がいるんだ。驚いた。

    女の子が一人でクレープを食べていたら、まぁそれはなんだか可愛いし、いいのだけど、男がクレープをガツガツやっていたらどうだろう?私はそんなの見たくない。惨めだし、悲しい。死にたくなる。

    その、ソロ・クレープ・プレイヤーを見てそう思った。

    男女差別とかじゃなくて、私の感性がソレを見ていて、死にたくなったのだ。

    服はヨレヨレで、なんか美大生みたいな佇まいで、目が血走っており、クレープを食べてるというより大型の幼虫を貪っているみたいであった。

    そして、その姿は、私そのものだった。

    私はスーツを着ていたけど、ほとんど変わらなかった。スーツを着ていたぶん、あるいはさらにキツイものがあったかもしれない。

 

 

    美味しかった。

    決してへこたれていない。

    また機会があったらソロ・クレープしたいと思う。周りの目がなんだ。知ったことか。

    私は強いんだ。原宿のど真ん中で、スーツで独りでクレープ食べられるくらい。

 

 

 

    春が終わるね。

    今が一番好きな季節なんだ。