蟻は今日も迷路を作って

真面目な話からそうでない話まで。本当の話から嘘の話まで。蟻迷路(ありめいろ)という人が書いてます。

ああ、愛しき すね毛よ髭よ。

    といえば脱毛の季節だけど、皆さん、とくに男性のみなさん、脱毛してますか。

    大学2年生くらいまで、私は律儀にすね毛の処理をしていた。半ズボンを履いて、すね毛がわさわさしているのがなんか汚らしいというか、獣的というか、いかにも理性のない野生人だなと思っていたので、私は理性のある獣故、すね毛を剃って清潔感をアピールしていた。

    髭に関しても、少しでも生えているのが嫌で、こまめに剃っていた。ツルツルじゃなきゃ嫌だ、そのうちヒゲ脱毛しよう、と考えていた。

 

    その頃まではそのようにして毛に対して敏感であり、少しでも野性味をどうにかして爽やかな男になりたいと思っていたのだが、ある日をきっかけにこのような思想を棄てることになる。

 

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    そういえば、いつから男も毛を剃るようになったのだろう?夏の晩にすね毛を剃りながら考えた。

    少なくとも、私が子どもの頃はどの男もボーボーだったように思う。ここ最近、とくに2010年代に入ってから男もすね毛を剃るようになったのではないか。

    そこにどんな流行があったのかわからないが、あるいはドラッグストアと広告代理店の思惑があったのかもしれないけど、社会的な理由はどうであれ、2010年代の思春期の男子の精神的な根元の部分で「毛が生えていることは恥ずかしい」という感覚が芽生えたのではないだろうか。

    毛が濃く生えているとはどういうことか?それは、男性性のアピールだ。

    男が男としての部分を捨てたがっている?

    何故だろう?

    第二次韓流ブームがあって、お肌ツルツルの男子がテレビや雑誌で女子の好感度をかっさらっていった背景がある?というか、女子の好みが男性性をアピールするものから離れつつある?

    わからない。

    でも、男の中でも男性性を捨てようという精神的なムーブメントがあったのではないか、そう思えてならない。理由や原因はなんであれ。

    あるいは少子化(=性交渉をしない)昨今の風潮が関わっているのかも。知らんけど。

    興味ある人はちゃんと調べると良いでしょう。

 

 

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     私は男に生まれて、男として生きていて、女が好き(狂おしく)だけど、これでいいのだろうか、と散らばったすね毛を見て思った。

    せっかく男に生まれて男として生きていけるなら、男にしかないものを活かすべきなんじゃないか?愛してみるべきなんじゃないか?

 

    私はその夜以来、コスプレするときを除いてすね毛を剃らなくなった(屋敷しもべのコスプレをしたことがある)。

 

 

    髭が毛毛(もうもう)と生えるのは男の特権だ。女は、生やしたいと思っても生えない。男性ホルモンを注入するしかないのだ。

    大学の夏休みのときのことだ、休みが長くて人に会わないものだから、一週間髭を伸ばしっぱなしにして、ううんいいじゃないか……とシゲシゲ見つめていたところ、恋人に「髭だけは何があっても嫌だ」と言われてしまったことがある。

 

「浮気や殺人、放火よりも嫌だ」

「髭に両親を殺されたの??」

 

    というわけで、私の髭に関しては永遠に生え揃えることはないだろうけど、いい。

    髭を剃るその習慣に、私は男としての誇りを感じられるのだ。変な話だが。

 

    すね毛を剃りたい人は剃ればいいし、脱毛したい人は脱毛すればいい。

    私もいまは上述のように思っているだけで、また時間が経てば考えは変わるかもしれない。

 

    ただ、今の時代の、性を遠のける動きに真っ向から対抗したいだけだ。反抗期だから。