蟻は今日も迷路を作って

真面目な話からそうでない話まで。本当の話から嘘の話まで。蟻迷路(ありめいろ)という人が書いてます。

プレパラートを割った犯人は私です。

 学2年生の秋、あるいは冬、もしくは夏、さもなくば春に、理科の実技試験があった。

 理科に実技試験があるものか、この嘘鴉(うそがらす)め、とお怒りになる貴殿らをいさめたく思う。しかし、たしかにあったのだ。

 「顕微鏡の使い方」「ガスバーナーの使い方」実技試験である。

 現在もそういった試験があるのか、昭和時代にもあったのか不明だが、私の時代には、私の通っていた中学校には、たしかにこの理科の実技試験が存在していた。

 

 中二病真っ盛りだった私は炎が好きで、無意味にガスバーナーに点火してはその揺らぐさまにうっとりしていた。だからガスバーナー遣いには心得があった。

 顕微鏡だって上手に使えた。

 私は元来小さいものを見るのが好きで、家にも顕微鏡があって自分のフケ、ハナクソ、毟(むし)ったダンゴムシの触覚などを日頃から観察し、まるで自分が天才科学者になったかのような妄想を膨らませて、日々ダンゴムシの触覚を毟ることに心血そそいでいたのだ。

 ゆえに、理科の実技試験についてはなんの問題もなく、憂うことなんてなにひとつなかった。

 

 顕微鏡の実技試験がある日の前の授業で、理科の先生は言った。

「毎年、一人くらいはプレパラートを割る人がいるけど、この試験はピントがズレていてもプレパラートさえ割らなければ合格だから、それだけ気を付けるように。まさかいないとは思うけどね(笑)」

 クラスの皆が笑ったように、私も笑った。

 私はまだ知らなかった。

 まさか自分がその「一人」になるだなんて。

 

 念のためプレパラートとは何か画像で説明しよう。

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 以上。

 さらに念のため、顕微鏡が何なのかわからない人のために画像で示そう。

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 ああ、これね。知ってる知ってる。知ってるよね。

 私はこの薄いガラスをこのあと割ることになる。

 どうやって割るかというと、レンズを近づけすぎて割るのだ。

 

 顕微鏡の「うまい使い方」がある。

 まずレンズをプレパラートギリギリまで近づける。そのギリギリの位置を、調節ネジでどのあたりになるのか手先の角度で覚えておく。すると、接眼レンズを覗きながらでも手の角度で対物レンズが大体どの位置にあるかわかるという仕組みだ。

 私はこのやり方が嫌いだった。

 だから私なりのやり方で顕微鏡を扱っていたのだが、テストの日、何を思ったかこの「うまいやり方」で挑んでしまうのだ。そしてやってしまったのだ。

 

 試験はお昼休みにおこなわれた。

 試験会場となる第2理科室の、四人掛けのあの大きい黒い机すべてに、各一台ずつ顕微鏡が設置され、生徒はどの机のどの顕微鏡を使ってもいいことになっていた。有利な条件などなにひとつない。すべて同じ顕微鏡とプレパラートである。プレパラートにはかなにかが乗せられていたと思う。そのかなにかの葉脈を制限時間内にくっきり見ることができれば満点だ。

 試験は3~4人ずつぐらいでおこなわれ、先生は理科室でブラブラして待機している。終わったら挙手して先生に見てもらい、その場で採点する。

 けっこうゆるい試験だ。それでも成績に大きくかかわる。

 

 私は理科室に入り、さっそく手近な顕微鏡にとりかかった。

 ちなみに、覗いてみて画面が曇っているなどの不快な点があればその場で別の顕微鏡に交換してもいい。自分の好きな顕微鏡で心ゆくままやればいい。いくつ覗いたってかまわない。満足するまでやればいい。

 さっそくとりかかった手近な顕微鏡で、「うまいやり方」でやってやろと調子に乗った私は開始7秒、驚くほど静かに、みしり、と確かな手ごたえをもって、プレパラートにレンズ型の、芸術的ともいえる美しい蜘蛛の巣のようなヒビを、入れてしまった。

 その瞬間、あの教室の笑い声が心臓の鼓動に同期して頭の中で反復した。動悸がした。笑われる私。先生に呆られる私。どっと汗が噴き出た。

 

 私は、しかしながら、卑怯にも冷徹で、あまりにも冷静だった。

 

 何事もなかったかのようにその顕微鏡から離れ、別の顕微鏡を覗いたのだ。

 うーん、この顕微鏡も違うなぁ、って顔をしてまた別の顕微鏡を覗く。あ、これならうまくいきそうって顔をして、楽しんでいるように件(くだん)の顕微鏡から対角線上に離れた顕微鏡をセッティングした。

 今思えば不審すぎるのだが、そうやって何度も顕微鏡を取り替えたことで先生の目をくらまし、プレパラートを割ってしまったことはバレずに済んだ。ほとんど運が良かった。人海戦術ならぬ、顕微鏡海戦術である。語呂悪っ。

 セッティングした顕微鏡を先生に見せると、先生は「合格。おつかれさま」と言って、次の生徒たちが理科室に入ってきた。

 

 こうして私の試験は終わった。

 足早に理科室を去り、いつも過ごしている教室の隅っこでヒヤシンスの皮を剥きながら涼しい顔で学校生活唯一のオアシス、お昼休みを過ごした。

 

 

***** 

 

 

 そして事件は起こる。

 S君がプレパラートを割ったということが、次の授業で明かされたのだ。

 しかし、そのプレパラートはたしかに私の割ったもので間違いなかった。

 なにがあったか?

 S君は割れたプレパラートの乗った顕微鏡を覗き、ごく普通に先生に報告した。先生、割れてます、ってな具合に。

 S君は、しかし、先生からも生徒からもぜんぜん信用されていない人間で、はっきり言って脳みそが足りない感じ、要するにおバカで名が通っていた。だから先生にも生徒にも「いや、お前が割ったんだろ。シラをきるな」と笑われたのだ。

 

「いや、オレは割ってません」

「お前さぁ、なんで割ったこと言っちゃうかね。黙ってればバレなかったのに(笑)」

 級友たちが彼を嗤った。先生も苦笑いだった。

 私はみんなと笑いながら内心、自分はなんてことをしてしまっているのだろう、屑だ、はやくここで彼の無実を証明しなければ、と焦っていた。本来私があるべき姿を、笑いを、呆れを、S君が浴びていた。

 しかし笑ってしまっている以上、名乗り出ることはできない。

 

 結局名乗り出せなかったまま、あれから10年近くが経とうとしている。

 ごく仲の良かった友達だけが事実を知っている。でもそれだって数年経ってから告白したことで、懺悔とは言えない。ただの「おもしろ話」として消化されている。

 S君だからプレパラートを割ってしまってもしょうがない、みたいな感じが当時の教室にあって、先生も笑い話で済ませていた。

「Sはバカ正直者だから自分で割ってしまったことを報告したんだよなぁ」って。

 

 ちがう。

 ちがうんだ。

 

 私なんだ。

 私なんだよ。

 

 

*****

 

 

 「おもしろ話」になってしまった今、漱石の『こころ』の「先生」がいくらKの墓に懺悔しても、罪を告白しても、その重りが「先生」の命を蝕んでいったように、私の罪はもうどうしようもないところまで来てしまった。

 

 あのとき、名乗り出ていれば私の人生は違っただろうか?

 もう少しマシな人間になっていたろうか?

 S君の人生も違っていただろうか?

 

 S君は、しかし犯人にされたとして、ぜんぜん気にしている様子はなかったように見えた。私がみんなと一緒に笑っていたように、私が真犯人には見えなかったことと同じように。

 

 

 いくつか教訓がある。

 正直でないとつらいのは自分であるということ。

 それから、周りからの信用はあって損ではないということ。

 皮肉にもそれらはS君が教えてくれたことだった。