今朝気付いたのだが、私は全然前を見て歩いていない。
めちゃめちゃ下を見て歩いてる。
とくに通勤路、最寄り駅を下りてから会社までほとんど下を向いていているもんだから、その日の天気すらよくわかっていない。
頭頂部にてん、と雫が落ちればそれは雨か鳩の糞である。そのくらいの認識しかできていない。
なぜ下を見がちなのか、自分でもわからない。
自信がないのだろうか?
とくに、仕事に行く時は下を見ている気がする。仕事へ向かう嫌な気持ちの深層心理が反映されているのだろうか?
そこで、下ばっかり見てもはじまらねぇや、と坂本九を歌いながら上を向いて歩くのだけど、気が付いたら自然と下を見ているし、歌は たま の「らんちう」や「さよなら人類」に変わっている。前のめりで下を向いている私はピテカントロプスになる日も近いのかもしれない。
さて、下を見ていても面白いことなんてなにひとつない。
気分は下がっていくし、落ちているものなんてせいぜい犬の糞とか猫の糞とか鳩の糞ばかりで、銭かと思って興奮して見ると踏んづけられたガムだったり、異様に丸い鳩の糞だったりする。
せめて空を見上げて歩けば楽しい気分になるだろうか。
飛行船が飛んでいたら嬉しいな。夏雲が綺麗だろうな。虹はかかっているかな。鳩の糞撃だってかわせるだろう。空を見上げて歩けば歌いたくなるだろうな。「ドレミの歌」でも歌おうかな。
朝から通勤路で大声で歌っていたら、たぶん会社で私を教育してくれている先輩が本社の上司に呼び出されて、それなりの「指導」と「注意喚起」をされるのだろうな。
おもしろいじゃないか。
それにしても冗談ではなく、上どころか前を見て歩けないのは、なにかしらの心理的な負い目があるからだろう。
ついでに私は手を振って歩くこともできない猫背なので、その歩くさまはエヴァンゲリオンみたいになっている。逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ。そう思いながら通勤している。
大学生活で新宿や渋谷といった日本を代表する人混みシティを利用する機会が多かったため、おかげで人混みを歩くコツを掴めた。そのコツを田舎者の皆さんに伝授したい。
コツはひとつ。前を向いて歩くことだ。
ぼーっとして俯き加減に歩かず、前を見て、人と目線の高さを合わせて、人々の流れを読み、スタスタ歩くのがコツだ。
ちょっとでも呆けて歩いて人にぶつかろうものなら、渋谷なんて何が起こるかわからない。相手はナイフを持ってるかもしれないし、毒ガスを撒くかもしれない。人智を超えた病原菌を媒介しているかもしれない。
ここだけの話、渋谷のあの有名なスクランブル交差点では、渡る合間に人間が一人か二人、消えているらしい。
あの混雑と喧噪に、消えた本人すらそのことに気付けていない。当人は、いつの間にか、渋谷とよく似ているけどまったく異なる次元の世界へ渡ってしまっているというのだ。その証拠に、たまに消えた人の靴やイヤリングといった小物が、不自然に交差点の真ん中に遺されていることがある。
下ばかり見て歩いているからこういう妄想をよくしているのか、それともこういう妄想をする人間は下を向いて歩いているのか、その真相は定かではない。