蟻は今日も迷路を作って

真面目な話からそうでない話まで。本当の話から嘘の話まで。蟻迷路(ありめいろ)という人が書いてます。

文化の振興は国防に繋がる

  れから書くことはなんら政治的な思惑もないし、たかが素人が妄想の果てに書き連ねるだけの机上の空論、なので、読者諸賢におかれましては「ふん、そんなことを考えたのね」と思っていただければよく、何も言わずにはてなスターをくれてやればいいし、はてなスターをくれてやらなくてもいい。私は書くだけで金にもならない。

 

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 太平洋戦争末期、原爆をどこに落としてやろうかメリケンが考えた候補の都市はいくつかあったと聞く。

 その候補地の一つに京都もあったらしい。

 京都は日本の古からの文化の集積地で、日本人のアイデンティティを象徴する歴史と文化の都市である。

 この京都を原爆でむちゃくちゃにしてやれば文字通り日本の心は折れるだろう。やってやれ。メリケンたちはそう考えていただろうけど、鬼畜米兵にも人の心は残っていて鬼じゃなかった、京都は歴史と文化を現在に残し、なおも文化の生産される重要な都市であり、ここを破壊することは他民族を侮辱し貶める行為そのものであり、ひいては人類の資産を破壊することにも繋がり、政治的には日本を降伏させた後も根深い禍根を残すことになり支配が滞りかねない、などの理由が挙げられて(たぶん)、京都を攻撃することはなかった。かわりに、広島と長崎の数十万人が犠牲になった。

 

 科学技術や芸術や文化は、どこの国や地域で生まれようが、人類共通の尊い資産だ。

 日本の浮世絵が思わぬかたちで西洋画壇に影響を与えたように、あるいはシルクロードの楽器が伝播して三味線などになったように、文化史においては多文化の影響を受けて各地域で発展してきたことがわかる。

 たとえ小さい民族であれ、一見価値のなさそうな寺院であってもそれらを破壊することは人類の資産を、価値を、破壊することになるのだ。だからどっかの馬鹿な宗教集団が考えもなしにバーミヤン渓谷遺跡を破壊したときは国際的に批判されたのだ。

 文化は人類の宝だ。

 

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 私はそう考えて、思いついた。国防策を。

 日本中の美術館で貴重な作品を展示しまくり続ければいいのではないか、と。

 めちゃくちゃ金がかかるけど、ミサイルを作るよりは文化的に生産的だし国民にも還元されるし、世界的な名画がいつも見れるなんて私は嬉しい。西洋美術館にゴッホの「ひまわり」を所狭しと並べよう。

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 文化的に貴重なものが集積していれば、敵国は攻撃しづらい。

 爆弾を下手に落として「ひまわり」が全滅したら国際的にめちゃくちゃ批判されるだろうな……と考えて攻撃できないのではないか。

 

 だけどこの国防策には、ちょっと書いただけでもいくつかの問題点がいくらでも挙げられるわけで、国防としては穴だらけであることは、読者諸賢にはわかるだろう。あえて問題点を挙げないでおくのは、書くのが面倒くさいし長くなるからだ。

 それに、美術品を人質にするみたいで思想も良くない。

 

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 他国の文化を日本に集積してそれらを盾とするのでは、盾としては脆い。戦争になったら作品を買収するなりいくらでも敵側は対策を考えられる。もっと急がば回れ的な国防策として、そしてもっと堅固な文化的国防として考えたいのは、「文化を育てる」ということだ。

 これはいくらか時間がかかるだろうけど、とても有効だと思う。

 すなわち日本の価値そのものを高めるのだ。

 金がかかるし、すぐに見返りがあるわけでもない、そんなことに対して日本は資本をつぎ込めない弱さがある。長い目で見るということが実は苦手なのだ。

 だからこそ頑張った方がいい。

 日本の文化的な価値を高めること、それは世界的名画の盾を持つことよりもさらに柔軟で壊れない盾となるのだ。

 

 文化的な価値を高めて各都市や街にそれぞれの価値を与えると、どの都市も攻撃しにくくなる。

 たとえばあそこの都市は医療技術の世界的な権威が集まっていて、その病院を破壊することは癌研究の発展を30年は遅らせることになるんだよなぁ、とか、あの都市は芸術の街で多くの芸術家が住んでるから攻撃できないよなぁ、ということになる。

 物事が単純すぎるだろうか?

 でも簡単に言ってしまえば、そういうことなんじゃないか。簡単言い過ぎだろうか?

 

 ナチスがパリを降伏させたとき、ヒトラーは「パリは燃えているか?」と言ったけど、パリ駐在の軍人は芸術の都を破壊することはできないと、パリを破壊しなかった。結局そのことがいずれフランスの復興に繋がっていくのだが、そういう話もあるくらいなんだから、簡単で単純な話だけども私の案は効果的なんじゃないかと思う。

 

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 今は日本ではよぼよぼの老人たちが過去の功績を称賛されてノーベル賞をとっているけど、おそらく30年もしたらノーベル賞をとれる日本人はいなくなるだろう。いたとして、日本の国籍ではない日本人だ。後進の世代を育てなきゃいけない。

 国防うんぬんの話に関わらず、文化的な側面を強化しなくてはならない時代になっている。

 これまでは貯金でどうにかなっていたけど、その貯金を使いすぎて現代の後進を育てなければ過去の遺物となってしまう。強いのは過去ではなく現在であり、未来の価値なのだ。

 大学教育や研究費にぜんぜん金が使われなかったり、芸術面で充実がないのは国防にとっても危険だし、日本の文化価値が下がる点でひじょうに残念だ。

 もっと文化資本を強めるべきだ。長い目で見て価値を生むものにも税金を使い、刹那的な「今」のことに利益を求めすぎてはいけない。

 だけど日本人は実は自己中心的で刹那的な生き物なので、まずその根底の刹那思想を覆さなければならないだろう。