蟻は今日も迷路を作って

真面目な話からそうでない話まで。本当の話から嘘の話まで。蟻迷路(ありめいろ)という人が書いてます。

流星群の思い出

  何年前か忘れたけど、あの頃私は中学生で妹は小学生、そして冬だった。

 父はすでに家を出ていて、母子三人で暮らしていた。

 その夜に流星群が来ると知ったのは、朝のニュースで言っていたからだ。なに座流星群かは忘れた。どうせしし座あたりだろう。

 

 夕食を食べた私と妹は流星群を見に行こう、ということになった。

 自慢ではないけど私の地元は暴走族がたむろする治安維持法の行き届いていない世紀末状態で、現在はかなり安全になったけど当時は街で発砲事件が起きたり毎夜珍走団が道路にタイヤ痕を残したりと、それなりに安全が確保されていない地域だった。

 だから夜に外出するのは危険だし、しかも中学生だし、妹とは言え女子を連れているわけだし、目をつけられたら最悪妹は犯され私は海に棄てられてもおかしくなかった。

 それなのに、海へ流星群を見に行こうと言った。

 大丈夫だと思ったのだ。

 母も止めなかった。

 たぶんその夜は人生のいくつもある夜のうちで、流星群を見るために用意された夜だったのだろう。

 

 

 私と妹は近所の海まで歩き、誰もいない砂浜に寝そべった。

 私たちはフードを被って、愚かにもなにも敷かず、そのまま砂浜に寝そべった。冬の夜の海は風が冷たく、砂浜は寝そべると外套ごしに湿った冷たさが背中に忍び寄ってくる。風邪をひく。そう思った。

 流星群を観測した人はわかるだろうけど、アニメやGReeeeNの『キセキ』のMVで見るように、雨のごとく流れ星が夜空を通り過ぎていくそんな映像はやっぱりフィクションなのであって、実際の流星群は地味そのもの、1分に1個流れ星が見られれば良いくらいの代物である。

f:id:arimeiro:20200103210820p:plain

         (GReeeeNの『キセキ』のMV)

 

 また流れ星というものはこれもまたアニメとは違って、願い事なんてかけている暇もないほど小さくて素早い。夜空にサインペンでチェックを入れるようなはやさだ。まばたきの間に一個見れなくても仕方がないだろう。

 当時の私はがっかりした。

 地味すぎる。

 もっとロマンチックで感動的なものだと思っていた。流れるときは長い光の尾を引いて、光の鱗粉を後に残しつつ、シャンシャンシャンと音すらもして、じんわり夜空に融けていく、そんなものだと期待していたのに。

 寝転がって15分くらいしても見れた流れ星は3個くらいだった。妹と「帰るかぁ」なんて言ってた。

 いい加減寒かったし、冷たかったし、夜の海は不気味だった。不良たちより恐ろしいものが潜んでいそうだった。足元のむこうにある海がざわざわして、気を抜いたら引きずり込まれそうだった。夜の海には無限の闇がある。どこにも繋がっていない底なしの海があるようだ。

 

 だけど「帰るか」と言ってもずっと夜空を睨んでいた。

 そのうち星がザアザア流れるのではないかと期待していたのだ。

 私たちは子どもだったから諦めが悪かったし、信じる力は大人以上だった。

 

 だから、あの日流星群を見た私が子どもで良かったと思う。

 

 数分すると、連続して星が流れた。

 つらっ、つらっ、と窓ガラスの水滴が落ちるように夜空を滑り下りていった。

 「おお、すごいすごい」

 「一個、二個……三個……」

 唐突に流星群は勢いを増した。数えきれないペースで光っては流れ、消えた。

 雨のように降り注ぐ星の子ではなかったけれど、ひと呼吸おいては流れ、また流れ、また流れた。願い事を念仏の如く唱えていればどれか一個に願いをかけられるのではなかろうかと思えるほどであった。

 星の群れの駆け抜ける夜空に夢中になっていた私と妹は、いつしか夜の海の恐ろしさを忘れ、暴走族の気配を忘れ、風と砂の冷たさを忘れていた。夜空の暗くて深い広さと、私たち二人しか見ていない流れ星の一瞬の輝きの小ささだけを目前にした。

 あの時のあの感覚を明瞭に思い出せる。

 世界には私と妹しかいなくて、過去も未来もなくて、世界という大きなシステムの歯車の狭間にそっと落ち着ける場所を見つけた心の静かさと安寧と、命を燃やす星々の興奮。すべてはこの目の前にあるのだ。そう思えた。

 

 

 帰りに、自販機でおしるこを買った。

 この時期に自販機でおしるこを買って飲むたびに、あの夜の流星群を思い出す。

 不思議な取り合わせかもしれない。あまりロマンチックではないかもしれない。おしること流星群。

 でも、現実ってそんなものだ。星はアニメのようにキラキラ流れないし、夜の海は恐ろしく、寒さは体の芯まで凍えさせる。

 だけど現実は、フィクションよりも素敵だ。