蟻は今日も迷路を作って

真面目な話からそうでない話まで。本当の話から嘘の話まで。蟻迷路(ありめいろ)という人が書いてます。

潤いを求めて

 がイガイガして、この感じは「乾燥」だと人生経験からすぐさま悟った。

 

 乾燥はよくない。風邪をひきやすくなるし、肌が荒れるし、肌が荒れると心が荒む。

 

 すぐさま加湿器を焚こうと思ったけど、しかし、私は加湿器を持っていなかった。

 いや、持っていたな、とふと思い出したのは、いつだったか誰かにプレゼントで卓上加湿器を貰い、机周辺のどこかに箱のまま放置されている風景が脳裏によぎったからである。

 たしか埴輪(はにわ)の格好をした小さな加湿器だったな。

 ここで、「加湿器はあそこにしまってあるんだよな」ってパッと出せないのが私らしくて苛立つ。物を所定の場所に戻す、収納するという、考えてみれば簡単なことができない私は部屋の隅の慎ましい瓦礫の中を機嫌悪く漁って、そこに発見できないととりあえず部屋の真ん中に立ち、視線を高くしてぐるりと見回した。小さな加湿器はなぜか本棚の上にあった。なにか妖怪がいたずらでそこに置いたとしか思えない。

 

 埴輪の加湿器の説明文を読むと、なんと電気がいらないらしい。

 素焼きみたいな陶器でできていて、埴輪の体内に水を入れることで水が素焼きに浸透、自然の力で加湿をしますと豪語している。可愛いじゃないか。シンプルがいちばん良い。

 湿度に飢えていた私は早速、埴輪に水を注ぎ、付属の小皿にそれを載せて、机に飾った。

 こんなことで本当に加湿されるのだろうか?浸透するのだろうか?

 私の不安をよそに埴輪は目と口をぽっかり空けて、「シェー」のポーズで虚無を抱いている。

 君、本当に働けるのだろうね?そう問うても「……」と無言で、その沈黙には一切の思慮も含まれていない、完璧な虚無なのであった。賢者も愚者も余計なことは語らないようにできているものだ。

 とにかく私は彼の仕事ぶりを観察することにした。

 

 

 設置からしばらく経って表面を触ると、結露するようにじんわり露が染み出していて、小皿と接面する下部は水が滴ってすらいた。ちゃんと仕事してる。

 よしよし、お前はこうやって潤いを与えるのだね、と頭を撫でてやっても、彼はなんの表情も示さない。無印良品みたいに味気なく、解脱した人のように無欲で穢れないようにも見えるし、はたまた無尽蔵の欲望を湛えているようにも見える。

 とりあえず彼の仕事が見えてきたので、好きなようにやらせておくことにした。徐々に加湿の効果も見られるだろう。

 

 

 しかし、私の期待を裏切るように、埴輪はそれ以降、まったく仕事をしなくなった。

 いや、たしかに仕事をしているのだけど、それが期待外れの出来で、はっきり申し上げて全然加湿できていない、どころか「加湿効果はないけど加湿していると言えなくもないでしょ」みたいなギリギリ叱られない程度の手抜きをしている調子で、じつに意地汚い。

 ぽかーん、とした顔は賢者の解脱した姿ではなく、怠け者のそれだったのだ。

 注いだ水は数時間経ってもいっこうに減っていなくて、表面がじっとり湿っているだけの素焼きの陶器でしかなくなってしまった。表面がじっとり湿っているだけの素焼きの陶器が机の上にあるのはなんだか心地がよくない。

 

 そもそも、こういったグッズに本来の加湿効果を求める方がおかしいのだろうか、と私は例によって卑下をはじめて自尊心を自傷してしまう。

 だんだん、埴輪のあり方が、仕事をしている私自身にも見えてきた。

 それとなく手を抜いたり、帰ることばかり考えていて、ぽかんとした顔つきでいつまでも新人ちゃんぶっているもうすぐ2年目のドアホに見えてきた。私を採用した人事の落胆が、今こうして埴輪に愛想を尽かせている自分と重なる。

 

 悲しくて涙が出てきた。

 涙の方がよっぽど加湿できそうで、それがまた滑稽で悲しかった。

 

 

 結局、バスタオルを水にぬらしたものを吊るして大々的に加湿をしている。

 タオルが朝にはパリパリに乾いている一方で埴輪に注いだ水分はまだ半分以上残っている。ぽかんと虚空を見つめている。