蟻は今日も迷路を作って

くだくだ考えては出口のない迷路に陥っている

猫がくるぞ!

  日、我が家に猫が来る。

 来るだけではない。

 来て、我が家に永住する。

 しかも2頭である。

 

 この猫らは保護猫で、ともに成猫である。

 

 一昨年まで犬と暮らしていたが、犬と猫はまったく違う生き物である。ガムとグミくらい違う。

 食べるものも違うし、トイレの仕方だって違うし、生活習慣も違うし、そうなるともちろん人との接し方も違うだろう。

 楽しみである一方で、私はうまく新しい家族と馴染めるだろうかと不安もある。犬に接するように猫に接しては嫌われてしまうだろう。猫とはどのように接すればいいのだろう?

 

「明日の今頃は猫たちがそこらを走ってるんだね」と夕食時に私は言った。

「猫は走らないよ。寝ていると思う」妹が言う。「猫はよく眠るから」

「わからないでしょ。食卓に乗ってきて、大立ち回りをするかもしれない。お母さんの高級フランスシェフ並みの美味しい食事が台無しになるかもしれない」

「あら、そう?」母は嬉しそうにする。それを妹は阿房を見る目つきでおいとく。母が騙されやすく、真に受けやすいことを嘆いているのだ。

「でもまぁ、猫はテーブルにも跳び乗るって聞くし、しつけは大変かも」

「厳しく叱らなきゃ」

「あら、猫は案外大人しく隅っこにいるもんよ。賢い子は静かよ」母は言った。

 母だけが唯一、家族の中で猫と暮らした経験がある。

 

 私が生まれる少し前まで、母は猫と暮らしていたらしい。

 ブチの大きな雄猫で、半分野良のようなものであたりをうろついてはブイブイ言わせてたヤンキーだったらしい。辺りのボス猫だったとか。喧嘩ばかりして傷が絶えなかったと聞く。

 だけど母の膝の上ではゴロゴロ甘え、高級缶詰を与えられていた。

 理想的な自由度の猫だった。甘えたいときに甘え、良い食事をし、外に出たいときに出て縄張りを守り、メスを孕ませ、辺りの王として君臨していた。賢くて静かでおおらかで強い猫だったのだ。

 だがある日、夕飯の時間になっても猫は帰ってこなかった。

 母は窓を開けて猫の名を何度も呼んだ。缶詰を鳴らし、口笛を吹き、それでも帰ってこなかった。

 だいぶ遅くなった夜に、猫は窓のところまで帰ってきたという。

 全身傷だらけで、耳はちぎれ、血だらけだった。

 母と目が合うと、猫はさっと身を翻し、夜の中へ消えた。

 そして二度と帰ってこなかった。

 

 たぶんあれは最後の別れだったのだろう、と母は述懐する。彼は、君臨していた王は、クーデターに敗れたのだ。最後まで静かで美学的ですらある。

 それからしばらくして母は私を身ごもった。

 もしかしたら私はあの猫の生まれ変わりかもしれなかった。

 だけど恋人には「犬っぽい」と言われるので違うかもしれない。

 

 

 

 私は猫たちとうまくやっていけるだろうか?

 猫に馬鹿にされて小便をひっかけられるのではないか?

 不安ではある。

 だけど、お互いに心開いて、友だちのように、兄弟のようになれたらいいものだと思う。

 きっとなれると信じてる。とりあえず餌付けをすることからはじめよう。