猫が来た。
それも2頭である。
来たばかりではない。
猫らは我が家に永住するのだ。
へとへとになって仕事から帰ると、猫を保護していたおばさんが来宅しており、それがとても太っていたので私も笑顔で対応できた。
疲れなんて吹っ飛ぶような、見事な太りかたであった。
ジャバ・ザ・ハット。
猫を食らいそうな巨躯の彼女のことをそう呼ぼう。
猫たちはケージのなかで「いったいこれからどうなってしまうのだろう」と言いたげにあたりを窺っており、愛らしくも可哀相でもあった。
新しい環境は猫だって不安だろう。
ジャバ・ザ・ハットは言った。「馴れるまでに2週間はかかります」
ベテランの猫飼いが言うのだからそうなのだろう。人間だって新しい環境に馴れるには時間がかかる。私なんてまだ職場に馴れていないのだ。
ジャバは家に40頭もの猫と犬たちと暮らしているらしい。ちょっとどうかしているのかもしれない。手首と足首にタトゥを刺していた。
「こちらは都内よりも寒いですね」ジャバは言って、淹れた紅茶をがぶがぶ飲んだ。「海風が通るのかしらね」
ジャバから猫の飼い方、食事の方法論、2頭の習性など聞く。
要約すると、まぁなんとかなるだろう、ということだった。予防接種も済ませてあるし、水分をよく摂らせて、愛すればいいらしい。
ジャバは長年保護していた猫と離れるのはさすがに寂しそうで、「幸せになりなさいよ」と祈るように2頭に言い残し、ゲホゲホ笑いながら車に乗って帰って行った。
人は外見で決められるもんじゃない。「丸呑み」という言葉が似合いそうな巨躯でも関係ないことはたくさんある。
あとには私たち家族3人と、猫2頭が残った。
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2頭をゲージから放ち、部屋を物色させる。
そろそろ出てきては私たちの目を盗むようで、さまざまなものにハテナを浮かべたような目つきで点検し、サッと身を翻す。
私たちもずっと気にしていても仕方がないので、遅めの夕食を食べることにした。
だけど、食べてる最中も気になって仕方がない。やおら登場すると決めたばかりの名前を呼んだり、手をくちゅくちゅ動かして気を引こうとしてしまう。
だけど猫たちはまだここに来たばかりで警戒心の権化となっており、見向きもしない。
はやく馴れるといいな。
「そういえば、キャットたちはエサを食べてきたのかしら?」
「ジャバに聞き忘れたね」
「ジャバ?」
「いや、なんでもないよ」
猫らが食事を済ませたのかわからないので、わからないならとりあえず少し与えてみようということになった。
犬と暮らしていたときとは全然違う大きさの、灰皿みたいに小さい皿にカリカリを入れてやる。
犬がいたころ、犬たちはカリカリに物凄い勢いで跳びついていたけど、猫たちはまるでなびかない。緊張して食欲があまりないのかもしれない。
犬とはなにもかも違うのだ。
私は試みにひと口、カリカリを食べてみた。
信じられないくらい不味くて笑っちゃった。
温度が無くて、硬くて、飲み込みにくい。
第一印象は無味、なのだが、次第に口内に埃を煎じたような餌特有のにおいが広がり、じわりと味がにじみ出てくる。
どういった味かというと、餌のにおいの味だ。
これは説明しようがない。
老人の腐った歯。教室の椅子の脚の先についてるキャップ。消しゴム。年代物のガム。土。襖(ふすま)。仏壇の座布団。秋の曇天。ビルの日陰にいつまでも残っている雪。珪藻土(けいそうど)。古くて浅い記憶。土。おっさんの枕。
パッと浮かんだ印象を書き留めたので、だいたいこんな味であると脳内補完してほしい。
そりゃあ、こんな不味いものは食べたくないよなぁ。
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とにかく猫たちは家族になったわけだし、お互い反目せずに仲良くやっていこうじゃないか。
お前たちはこれからここで、永久に幸せになるのだ。
はやく馴れるといいな。