蟻は今日も迷路を作って

くだくだ考えては出口のない迷路に陥っている

教育して叱ってやる

「なにちてるでちか!」

 猫なで声ってこういうことだと自分で声にしながら思った。

 猫がダイニングのテーブルにそそそいっと乗って皿の上のイチゴを物色していたのである。

 それに対し私は、「なにちてるでちか!」と抗議の声を上げた。これも飼い主の務めである。

 しつけをせずに好き放題にさせておくと、人間も猫も犬も邪知暴虐になり狼藉を働く。

 「なにちてるでちか!」ともう一度声をあららげる。。声のトーンを正確に再現するならば「ナニチテルデチカ!」と半角カタカナにした方が再現性は高い。

 

 我ながら不気味だと思う。

 

 猫も不気味と思ったのだろう、さっとテーブルから降り、さっとソファの下へ逃げた。音も立てないで移動しやがって。

 私は猫が二度と狙わないように、皿の上のイチゴを余すことなく食べた。酸っぱくてまずいから残っていたイチゴだったのだ。

 猫だってイチゴくらい食べても罪にはならないだろう。イチゴが身体に悪いわけない。栄養だ。ビタミンだ。

 イチゴくらい食べさせてやればよかったかもしれない……すぐさま後悔する。

 だけど、今後猫が調子に乗って邪知暴虐の権化と化し、人質をとって街から街へ走らせるなどの愉快なことを我が家のリビングで始めても困るので、心を鬼にして「教育」せねばならない。

 

  ↓

 

 猫は我が家の環境に馴れるにしたがい、だんだんと調子に乗ってきて、キッチンへ侵入し食品を漁る、テーブルに乗り物色する、ソファから飛び降りて驚かせる、ピアノの上で喧嘩をするなど、次第に増長している。

 それもこれも防止策を講じればいいのだけども、辺り一面に柵を巡らせるような策は人間生活にも支障が及ぶのでやりたくない。

 都度注意をして反省を促す、物と物の間に挟まってしまう危険性や猫にとって有害な食品の危険性の説明をする(むろんなるべくそういった食品はすぐに片付けるようにはしているが人間にもミスはある)、週に一度安全説明会を開き参加させてレポートを提出させる、指差し確認をする、ヒヤリハットの報告を必ずさせて毎日反省会を開くなどの対策が必要だ。

 

「おい、集まりなさい」出窓で外を眺めている猫たちに集合をかけた。

「集まりなさい。猫たちのことだよ」強めの口調で私は呼びかけた。

 しかし猫たちは出窓から外の揺れる葉を見つめてそわそわしているばかりで、シカト。そうですか。

 仕方なし、私が彼らの元へ行き、これまでの身勝手で危険な行動や私がどれだけ猫のことを大切に想っているのか涙ながらに訴えかける。感極まって歌を歌う。聖書の一節を朗読する。まごうことなき神の言葉である。ついでに手ごろな華厳経も説き聞かせる。

 

「わかったね?」

 

 猫たちは一度も私の方を見ないで、相変わらず外の揺れる葉を見つめており、一匹に至っては座りながらにして目を細めて陽の温もりに眠りへ誘われていた。

 小さい小さいお鼻がくにゅりと動いて眠りに耐えようとしている。寝ちゃうね。寝ちゃったね。

「どちてそんにゃにきゃわいいでちか?!」

 

 より正確にトーンを再現すると、「ドチテソンニャニキャワイイデチカ?!」となる。