蟻は今日も迷路を作って

くだくだ考えては出口のない迷路に陥っている

誰もいない街に繰り出してくる怪の事

  外出自粛を徹底しているので、そうそう街へ出ることもなく、よって恋人とも会えない日々が続いている。

 このGW、はっきり言って恋人とどこかへ遊びに出かけられないということは、若者にしたら苦痛に他ならない。今に命を懸けてんだこっちは。今がすべてなんだよこっちは。

 だからって外出してわいわいソフトクリームでも食べながら街を歩くのはこのご時世、愚そのもの。

   私たちはきちんと義務教育を済ませた成人で、周囲の迷惑も憚らないタワケじゃないのだから、今こそはしばらく各自家で大人しくしている。

 寝ころびながら電話でもしている。

 これは恋人に聞いた話だ。

 

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「仕事が終わって、駅に向かってるとね、」恋人は語り出す。「ほんとうに、ぜんぜん人がいないの。電車も人が少なくて、代々木上原から乗っても座れるくらい空いてるの。そういうとこで、今はすごい状況なんだなぁってわかるよね」

「いつになったら君ンとこは在宅ワークに切り替わるんだろうね」

「さぁ。もういいよ別に。出勤日半分になったし、対面接客もなくなったし」

 恋人の仕事は不要不急のものだ。インフラでも食品でも物流でもない。世の中にはそういう仕事がたくさんあって、多くが自粛をしている。そういうもののひとつだ。

「休業したら、いつまで休業すればいのかもはっきりできなくて困るんでしょ。潰れるまで休業じゃかなわないから」恋人は他人事みたいにそう言って、「それでね」と話を続けた。

 

「新宿とかもそんな感じで17時くらいには人も全然いないのに、ましてやうちの地元なんて駅前もがらーんってしちゃって、人類はとっくに滅んじゃったのかなってくらい無人なの。お父さんの田舎の、香川を思い出すよ。すっごい寂れてて、バスロータリーに雑草が生えてんの(笑)。どうしようもない限界集落よ。いつかうちのとこもそうなっちゃうんじゃないかって、怖くなるよ。住宅街が続いてんのに、人の気配もしないの。

 家まで歩いてると、たまーに、同じように仕事帰りのサラリーマンがいたりして、なんか顔見知りでもないのに、目が合って会釈しちゃった。『お互い大変ですねぇ~』って。

 なんかね、それがちょっと、元気出たよ。

 ああ、私って孤独じゃないんだなぁって。

 わかんないけどね、孤独を分かち合えた気がしたんだよね。

 こうして電話してるときも思うよ。私は独りじゃないんだね。元気が出るよ。負けないって思える。

 

 それでさ、夕闇の中、近所の公園を横切っていつも近道してんだけど、このご時世なのに馬鹿ね、不良たち男女がたむろしてさ、ストロング飲んだりスマホで動画撮ったりして遊んでんの。

 そいつらに注意すんのも怖いからやめたけどさ。

 でも、なんかちょっと耳に入った会話がずっと気になっててね、あやふやだし、空耳かもしれないけど……

 

『あ~人間がこもってるおかげで、娑婆の空気を呑めるぜ』

『獲れたての蟲たくさんあっからみんなで食べやしょうよ。蛾に毛虫に竈馬に』

『あ~ブランコってやってみたかったん。人間みんなやるんやろ。撮っといて。バズるかんね』

 

 なんかね、虫が喋ってるような酷い嗄れた声で、そんなことざわざわ5~6人で楽しそうにしてんの。

 

    気のせいだと思うけど、ちょっと目の端に入ったブランコ漕いでる女の子、顔が無かった気がしたんだよね……」

 

 彼女曰く、一人もマスクはしてなかったらしい。