蟻は今日も迷路を作って

真面目な話からそうでない話まで。本当の話から嘘の話まで。蟻迷路(ありめいろ)という人が書いてます。

クラシックギターは持っていなかった。

 しく楽器を買った。

 

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 クラシックギターだ。

 写真からもわかるように、とっても可愛い。

 ギターはもともとエレキギターとフォークギターを持っているのだが、クラシックギターは持っていなかった。

 

 ギターを知らない人からすればなにがどう違うのかぜんぜんわからないだろう。

 電気をつないでアンプから出力するものがエレキギター、電気を繋がないのがアコースティックギターアコースティックギターのうち、スチール弦を張ってあるものがフォークギター(弾き語りなどに使う)で、ナイロン弦を張るものがクラシックギターだ。

 ほんと大まかに、かなり大雑把に、多少の語弊を含ませて説明するとこんな感じになる。

 

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 クラシックギターが欲しい。最近の私の音楽嗜好がクラシックギターを必要としていた。

 

 で、買った。給料1.5か月分くらい吹っ飛んだ。一瞬の出来事だった。

 いい金の使い方をしたと思う。

 

 クラシックギターは単体で完全に完結している楽器だ。セルの最終形態みたいなものだ。

 おおらかで迫力のある音がして、低音から高音までぬかりなく、高らかに歌い上げる。

 ネックが太くて、アコギやエレキばかり触ってた私は、彼女を弾くのに苦労している。クラシックギターは楽器の構えかたからして違うのだ。弾いてると、普段使っていない筋肉を酷使して、すぐに疲れてしまう。力の使い方をまだ掴めていないのだろう。

 アンプにも繋がず、ピックでストロークをするわけでもなく、一弦一弦たしかに弾かねばならず、誤魔化しがきかないので、自分がいかに下手か痛感させられる。

 だけど練習は楽しい。身体を痛めつけないように気を付けて練習しよう。いい夏がはじまりそうだ。

 

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 クラシックギターは持っていなかった。と先に書いたが、あれは嘘だ。嘘というか、正確じゃない。

 クラシックギターは元から家に1本あった。

 父の遺品である。

 ひどく日に焼けていて、ネックは反りかえり、よくわからない歪み方をしてたいへんに弾きにくい代物だ。

 生前父が言っていたのだが、そのギターは父が10代で上京したときに中古ショップで安く手に入れたものらしいので、ギター自体の年齢はゆうに60歳以上と思われる。

 ホール内のステッカーから、メーカーや製造番号を調べたが、結局よくわからなかった。

 50年以上前に中古ショップで安く売られていたのだから、どうせ大したことのないギターなのだ。音もひどかった。老婆が痰を吐く音色がした。

 

 父が使っていたギター。

 そのギターは、父が亡くなって、父の3人目の妻から「蟻迷路さんはギタアをお弾きになるのでせう?どうか貰つてお呉れやしませんか」と”厄介払い”され、私のものとなったのだが、父が使っていたという点において、ギターに罪は無いけれど、メンテナンスしてやる気にもなれず、なんとなく放っておいたらある日弦がバツンと切れて、それ以来ケースに封印してしまった。

 憐れなギターだ。誰からも愛されていない楽器を見ていると、廃墟になった商業施設を見ているような虚しい気持ちになる。

 売ろうにも憎たらしい父の遺品ということで、なんだか呪い的な雰囲気を感じるので、売れない。そのうち寺かなにかで供養しようとおもう。

 

 私は自分のためのクラシックギターを持っていなかったのだ。

 

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 なんにせよ、私は、私が一生弾くためのクラシックギターを、自分が稼いだ金で購入した。

 新しい友達ができたような、新しい家族を迎えたような、嬉しくも仲良くなれるか不安だなって、そんな気持ちだ。