蟻は今日も迷路を作って

真面目な話からそうでない話まで。本当の話から嘘の話まで。蟻迷路(ありめいろ)という人が書いてます。

反抗というモチベーションがなくなった今

 になって、仕事をもっと選べばよかったなと思う。

 就活生の頃は、とにかく父の会社を継ぎたくなくて、できるだけ関係のないものを選ぼうと躍起になっていた。

 結果、父の会社とはなにひとつ接点もなく、もしも突然会社を継げと言われたらなにも苦労せずに会社を潰すことのできるほどに関係のないスキルを身につけることのできる仕事に就くことができた。

 興味がなく、熱も持てない職種に就くことができた。

 

 父の会社、小さい貿易会社である商品を卸していた会社、それを継ぐ気が無かったのは、父のことが大嫌いだったからだ。大嫌いだった、と過去形で書いたが、これは正しくない。今もこれからも大嫌いである。嫌いという言葉を使うことすら烏滸がましい。言葉に失礼だ。徹底的に「無」でなければならない。

 

 「継ぐ気はあるのか?」と20歳のときに訊かれて、きっぱり「ない」と答えた。食い気味で答えた。

 「継ぐ気はあるの…」「ない!!」こんな感じに答えた。

 「どうだっていい。ほかに跡継ぎを探すか、会社を畳む準備をしておけ」とも言った。

 しかし、父は諦めなかった。

 いつか、手塩にかけて育てた息子に自分の熱意が伝わって、きっと心を入れ替えて会社を継いでくれるはずだ、という進行方向の逆を向いた熱意でもって、会社を続行させたのだ。

 あ、これはいつか無理矢理継がされるんだな、という危機感を抱いた。父に不可能という文字はない。無理、もない。ルールを変えてしまうことが得意だったし、なによりも嘘をつきとおして事実を捻じ曲げ真実を創造する能力に長けていた。

 30代になったら確実に継がされる。怖かった。

 だから、私はまったく関係のない職種に就き、あらためてまったく継ぐ気が無いということを示したのであった。

 

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 だけどその選択は、結果として裏目に出たと思う。

 父は、私が就職をする一か月前に、酔っぱらって居酒屋の階段から落ち、頭蓋骨を粉々にして死んでしまったのだ。ギャグ漫画みたいな死に方で、ほんとに「ち~ん(笑)」ってなってた。あるんだ、こういうの。

 私が言った通り、会社を畳む準備をしておけば相続などはもう少しスムースになったことだったろうに。

 私は後悔した。生前に殴っておくべきだったと。死体を叩いても冷凍肉みたいに塊で、鈍重な感触だった。

 

 そして、私の「反抗」に基づく仕事へのモチベーションは完璧に失われた。

 就職の一か月前に。

 

 

 私は昨年、新卒社員として入社した。

 父の会社とはまったく関係のない職種だ。

 父が死んだ以上、モチベーションはまったくなくて、そもそも興味のない分野でズブの素人だったもんだから、勉強する意欲も、ガッツもなにもなくなってしまった。

 一年以上経って、今になって、悔やんでいる。

 ほんとうはやりたい仕事があったはずだ。その選択肢を父の会社に照らし合わせて要素を排除していったとき、残ったのが今の職種だった。それを選んでしまった。

 

 父への反抗というモチベーションがなくなった今、私はどうすればいいのかわからなくなっている。

 なんとか1年やってきて、それなりになってきてはいるけど、どうしてもモチベーションが一切無くて悲しくなる。死ぬまでたらたら生きていく感じがする。やりがいもない。

 一生このままなのか?そう考えると怖くなる。

 

 だけど、辞めるほど仕事に切迫されているわけでもないし、辞めてまでやりたい仕事があるわけでもない。

 ぴーぴー言わずに粛々と今の仕事をやるしかないのか?そうして粛々と人生を終えるしかないのか?

 

 皮肉なことに、父と逆の道を歩むことが、私の道しるべだった。

 父はもっと早くに死ぬべきだった。