またコンプレックスの話。
ところで全然知らない人間のコンプレックスの話なんて読んで面白いのか疑問だが、私は書いていて自分を見つめ直すようで、忸怩(じくじ)たる思いでありながら、筆が乗る、もといタイピングがリズミカルになることを否めないでいる。
コンプレックスとは単なる「苦手」ではない。劣等感でもない。
「苦手」がトラウマ的エピソードや経験によって強化されて、あるいは劣等感を生み出し、あるときには倒錯に至らせ、深層心理の無意識的な逃避から現実生活の暴力や自傷や憂鬱に結び付くことを、複合的で複雑な心理学用語として「コンプレックス」と称しているのである。おそらく。例によって何も調べずに出まかせに書いただけなので違うだろうが、私はそのように考えている。ちゃんと調べてからこういうのは書くべきだ。
しっかり反省すればいいとおもっている。
ので、「コンプレックス」の解釈は上記で済ますことにする。あとでちゃんと調べるからサ!
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ミシンが苦手だ。
小学校の家庭科の授業でミシンを使って縫物をすることがあったのだが ──ミシンを使って縫物をするという表現はおかしい。なぜならミシンで料理をすることもYouTubeを見ることもないからだ。そもそもミシンは縫物をするために存在している。まぁいい。話を戻そう── 、私がペアを組んだ子と借りたミシンは、ミシンという形を伴った単なる金属とプラスチックの塊であり、スイッチを入れても稼働しないばかりか危険な動作をして異音甚だしく、暴れ狂う病気の子犬のように手に負えない代物であった。
私たちは時間内に課題をクリアできるかどうかというそれ以前にミシンのセッティングに時間を要し、修理せねばならなかった。
周りの子らは正常ミシンの恩恵を得てとっくに課題の縫物をクリアしていたのだが、我々は布を縫うどころか、ミシンの針に糸を通すことすらままならない。
先生に助けを幾度も求めたが、日ごろの素行が悪かったせいだろうか、こちらに見向きもしなかった。
私は悪童じゃない。勉強をせずに泥団子を毎日作り続けていた可哀相な子どもだっただけだ。本当の悪とは自分を正義と断定し剣を振るう者のことなのだ。
結局課題は残り時間で無理矢理「手縫い」で完成させた。
「手でやった方がはやい」という結論に我々は達した。
以来、ミシンに対して苦手意識というか、心の壁を築いてしまった。
でもこれから人生でミシンを使うことなんて無いと思っていたから、それでよしとした。なにが「よし」なのかはわからない。
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ところが高校の授業で「ミシン」を使う機会があった。
トートバッグを設計して布を裁断してミシンで作る、という課題だった。
高校の設備もまた古かったが、壊れたミシンはひとつもなかった。先生がきちんと管理をしていたし、修理もしていた。
しかし、私のミシンは動かなかった。
どうにも糸やボビンの設置ができないのだ。教科書通りに設定をしても動かない。
これは明確に壊れている、と先生に助けを求めた。先生がサッと設定をしてくれると、ミシンは目にもとまらぬ速さで布を縫っていった。
「なんだ、動くじゃない」と先生は言った。
ちょっとしたエンジンみたいな勢いで稼働するミシンは人智を超えた機械に見えた。これで爪を縫ったら大変なことになるな、と ”もしも” に畏怖。
ところが、私が触ると再びミシンは動かなくなった。
意味がわからない。
何もいじってないのに、ミシンは沈黙したのだ。
「お前には使用許可をしてませんよ」とミシンに言われたかとおもった。「出直してきなさい。母胎から」
なぜ私が触るとミシンは動かなくなるのだろう?
私が心を鎖(とざ)してしまったことがいけなかったのだろうか?いや、最初に心を鎖したのはミシン・サイドだったではないか。
小学生時代に思いがいたる。あのときのミシンも壊れていたのではなくて、私に心を最初から鎖していたミシン・サイドの問題だったのではないか?
私は前世、ミシンに悪行を働いたのだろうか。そうとしか考えられない。ミシンで魔女を拷問していたのかもしれない。ミシンを焚し、ミシン技術者を坑したのかもしれぬ。
結局、その課題も「手縫い」で解決した。
先生は「ミシン使わなかったの?」と驚いていたが、「うん、でも、よくできてますね」と言って合格にさせてくれた。優しい先生だった。熟女好きの同級生が恋をしていた先生だった。
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以来、私はミシンに対して完全に心を鎖した。
ミシンが私を「許可」しない。
その事実が私に負い目を感じさせ、劣等感を抱かせる。
「おれは一生、手縫い、なんだ」と憂鬱な気分にさせる。
ミシンを使いこなし、素晴らしい裁縫を完成させている人を見ると、心がクサクサしてきて、酒を浴びたくなる。
ミシンに罵声を浴びせたくなる。
ミシンを灰燼に帰したくなる。
すべてのボビンに糸を絡ませたくなる。
血の涙を流しながら。
ちなみに母もミシン・コンプレックスを抱いており、母が触るとミシンは壊れるらしい。
先祖からの因縁がある。