蟻は今日も迷路を作って

くだくだ考えては出口のない迷路に陥っている

テレビの星座占いの内容をテキトーに考えて日銭を貰いたい

レビで毎朝やっている占いを観て、ちぇっ、今日は最下位か、つまらん、とおもったり、逆に今日は1位だついてるぞ、とやる気が満ちたり、ラッキーアイテムが「すいか」であることをコンビニで思い出して すいかの飲み物を買ったりするなどして、なんだか自然に占いの結果を受け入れているのだけど、ちょっとまて、よく考えたらあんな占いまったく信憑性がないじゃないか。

 

いったいどういう了見で牡羊座が1位なんだ。みずがめ座がなにをしたって言うんだ。

ラッキーアイテムになんの効力があるのだ。

なぜ すいかによって一日の邪気を祓うことができるのだ。水餃子を食べることによって一日の幸運を招き入れることができるのはなぜなのだ。

論理も何もないではないか。

“科学の子”を自称する私としては、占いの結果に、そもそも占いそのものに納得がいかない。

 

占いを観て、その日一日のテンションを決めてしまうわけだが、よくよく思い返せば、こんなテキトーなものに一日を左右されることはまったく理不尽で腹立たしいことじゃないか。信じるなよ。なにやってんだ。

本物の占い師がなんらかの力を用いて毎朝占いをやり都度番組制作会社に報告しているのであれば、まぁ、ちょっとは真面目にやっているんだな、と評価できるけど、おそらくそんなことはないだろう。

バイトかADのまだ半分女子大生みたいな子どもがノリで決めているに違いない。

「昨日は乙女座1位にしたから今日はてんびん座を1位にして、乙女座は8位にしちゃお(笑)」

「今日は先輩に告白したいな……願掛けで自分のかに座を1位にしよう……ラッキーアイテムはYSLのリップ……」

「姪っ子が誕生日だから姪っ子のいて座を1位にしちゃお!」

「まじあの女うぜー。最下位。ラッキーアイテムうんこ」

などと言って早朝にテキトーにあつらえているに違いない。それで日銭が貰えるなら私だってやりたい。

そんなものになんとなく一日のテンションを支配されていいわけがない。

たとえばAIが占いをテキトーに決めているのならそこに誰かの意識は介在しないので別にいいのだが、誰かが意図をもって考えた運勢である場合、考案者の生々しい意識によって私の思考系統が一日縛られることになり、顔も名前も知らぬ人間のテキトーな考えに論理も説得性もないにもかかわらず半ば強引に、暴力的と言ってもいい、さも神の思し召しであるかのように「納得させられ」服従させられるのは、きわめて気色の悪い営みでまるで全身を「誰かの意識」というムカデが這うようで心地が悪い。人権の冒涜だ。憲法違反だ。

 

フジテレビの星座占いとテレビ朝日の星座占いは結果が合致していないとおかしいのではないか。

血液型占いで最下位だった人の星座がその日1位だったら、運勢は相殺し合って「無」になるのではないか。

 

考えるほどムカついてきた。

今後一切の占いは信じないことにする。良い結果のものしか信じない。

悪い結果(自分にとって望ましくない結果)については、たかが他人が偉そうに言ったことに対して全身縛られてしまうのではなく、そいつを見返してやろうくらいの気概で中指を立てておくのが精神衛生上よろしい。

所詮言葉じゃないか。ばかでい。おめーになにがわかるってんだンなろぉ。

そうする。今日から毎日、ラッキーアイテムは酸素と陽光と水だ。おれは植物的にゆるやかに、しかし硬くしなやかな芯をもって暮らす。テレビの星座占いの内容をテキトーに考えて日銭を貰いたい。そうする。