しょぼしょぼする目をぎゅうと瞑り、眼球がひりひりした仕事帰りは、蒸気でホットアイマスクをするにかぎる。
パソコンに向かいきりでドライアイ気味になり、目が疲れているのだ。
こういう日は帰宅して食事をしたらとやかく言わずに横になって、好きな音楽を流して、ホットアイマスクをつけて30分間、癒しの奈落へ沈むしかない。
まぶたの上からじんわりとあたたかくなって、なにも考えず自分の呼吸のリズムと音楽に耳を澄ませているうちに、睡魔が忍び寄ってくる。
睡魔は「お呼びですか?」みたいな気さくな感じでひょこひょこやってきて「今日はもうお眠りになるんですね。あいわかりました」と私の同意も無くベッドに投げだした足首を掴んで睡眠の奈落へ引きずり込んでくる。
全身の力が抜けていくような柑橘系の癒しの香りがアイマスクからするので、私の身体にはもはや踏ん張る気力もない。
「ご無理をなさらず」と睡魔は言って、すでに私の太ももは 奈落に浸かっている状況。睡眠の奈落の底は ぬるま湯くらいの心地よい温度のやわらかい泥で満たされている。
「韃靼人の踊り」を聴きながら、もういっか、と思えてくる。オーボエがどこか知らない国の空と人々の、喜怒哀楽に満ちた表情を描き出している。
「無理は禁物です。睡眠を欲しているのです」
その通りだ。もういいんだ……おれはよくやった……。
そこでハッとする。
まだ風呂に入っていないし、今日の分の筋トレもしていないし、ブログも書かなきゃいけないし、水筒も洗わなければならない。
やるべきことはたくさんあるのだ。これは小休止に過ぎないのだ。
アイマスクが冷めたら余韻に浸らず起き上がってゴミ箱に捨て、まずは水筒を洗おう。最近買ったやつで、実家の猫にそっくりのイラストが入っているやつだ。蓋を外して蓋の中の溝をなぞるように丁寧に洗わないと、お茶のシミが致命的に残ってしまう。水稲の中を洗う細いブラシができればほしいな。中を洗う手立てが居間はないから、洗剤を入れてゆすぐしかないのだ。これで十分な気もするけどどうなんだろう。ブラシで擦るとなかの金族が摩耗しちゃったりするのだろうか。そういうブラシがあれば今後ビンを洗うときとかヤカンの注ぎ口を洗いたいときにも便利だよな。ああいう駒かいところってどうしても洗いにくいからついおざなりになっちゃうもんだけどたぶんざっ菌とかやばそうだなぁそそぎ口だしできればしっかり洗いたいものだなああいうのはつめいした人ってめのつけどころがいいというかきっとじぶんがほしいものをかいはつしたにすぎないんだろうけどそこでかいはつしようとおもえるのがすごいよなぁまついぼうとかもそうだしさああいうのつくっておおもうけしてこいびととおおきなおうちにすんでりびんぐのかべにおおきなかいがをかざるんだいぬがほえてもだいじょうぶなくらいおおkなi e……
びくっと体が跳ねて、目が覚める。
いろいろ考えているうちに全身が奈落へ沈みこみ、いつの間にか夢を見ていた。
アイマスクは冷たくなり、「韃靼人の踊り」は終わっていた。
体が跳ねたのは、完全な眠りに入る最後の抵抗だったのだろう。
睡魔は「ちぇっ、またまた後で来ますよ」と言ってそそくさとどこかへ去った。
私は起き、水筒を洗った。ブラシは買うべきだ。