蟻は今日も迷路を作って

くだくだ考えては出口のない迷路に陥っている

爪は切られるために伸びる

を切るのは好きだ。

切られた爪がばらばらと広げたティッシュに撒かれると壮観だ。白いところのなくなった短い爪を見ると爽快だ。

切られた爪をまじまじと見つめながら、ああ一週間でこれだけ伸びたんだね、と愛しく語りかけたくもなる。

人の爪は死後も伸びるらしい。そんな本当か嘘かもわからないことを思い出す。

 

爪を切るのは好きだ。爪が伸びてまた爪を切れるから。

 

「足の爪を切るのが好きだ」と恋人に告白した。

「こわ」恋人は言った。

私が何の脈絡もなくそう言ったから怯えたのだ。

足の指先に触れると、伸びた爪が肉からはみ出して、かたく、触れた指先に鈍い刃の歯を撫でるような感触がある。

ああ、切らねばならないね。

足の親指の爪はいちばん厚く大きい。爪きりはバツリと音を立てて、枝を折るような衝撃が爪切りに伝わる。広げたティッシュに大きな爪が転がり落ちる。

「伸びたねぇ……」しげしげと見つめる。

 

足の爪は切りすぎると巻き爪を誘発し、とんでもない痛い目に遭うから気を付けなければならない。

丸く切らずに角を残して切る。角を切りたい気持ちは募らせておいた方が気持ちがいい。

ああ、でも、切りたいね。角。

でも我慢だ……我慢……耐えることが気持ちいい。

 

誰しも爪は伸びる。

ほとんどすべての人間に爪があり、休むことなく伸び続けている。自分の意志の有無にかかわらず。その伸びる速度に差こそあれ。

足の爪を切っているときは無防備だ。

どれだけ格好つけようとしても、背を丸めて片膝に顎をのせるような丸く小さい格好になる。

足の爪を格好良くスタイリッシュに切りたいのなら、下僕に切らせるしかないのだが、それでは爪を切る悦びを味わえないし、爪くらい自分で切った方が常識的な人間としては良いだろう。

 

ふだんはスーツを着こなしてオフィス街を闊歩する商社マンも、夜の銀座で男をはべらせるセレブな女性も、横浜流星も、吉岡里帆も、毎朝電車で顔を合わせる女子高生も、その電車を運転する運転士も、みんな爪が伸びたら爪を切る。

足の爪を切る時間はきわめてプライベートであり、背を丸めてひそかに足の爪と向き合うその場にはなんだかエロチシズムすら感じる。

私は頭がおかしいだろうか?

「足の爪を切るフェチ」などといったものが存在していいのだろうか?

 

そもそも足が好きだ。裸足を見るとドキドキしてしまう。

ふだんは隠れている下着とか口の中とか腋の下とか、そんなところと同じだ。

隠されているからドキドキしてしまうのだ。

 

そのうち、ずっとマスクをつけていたら、素顔がなんだか赤裸々で恥ずかしいものになっていくかもしれないね。