蟻は今日も迷路を作って

真面目な話からそうでない話まで。本当の話から嘘の話まで。蟻迷路(ありめいろ)という人が書いてます。

恋と誤字は

字は永久になくならない。

たった1000文字程度のブログでも誤字はある。

私は書いたあと読み返して誤字や言い回しを確認し、もういいかと思ったら予約投稿に記事を保存するという生活を慎ましく続けている。金にはならないらしい。

だいたい眠る直前に書いているので、重い瞼を擦りながらの作業になり、確認も眠気に敗けて「どうでもよいか」と途中で投げ出すこともあってかなりいい加減だ。

 

予約投稿をしておくと指定の時間に記事が投稿される。私の場合は朝8時である。

投稿される前に記事を最終確認し、誤字を潰していく。

眠い頭で書いたので、内容に覚束なく、言い回しが突拍子もなくてつまらなかったらどうしようと読む前にはいつもおもうのだが、だいたいがそれなりに面白いので安心する。自分が書きたいように書いているから自分にとって面白いのは当然だろう。

ここで実質2回目の確認作業となる。

2回もやれば誤字は大丈夫だとおもわれるだろうが、たいてい、誤字というものは投稿してから発見されるものだ。

 

恋は盲目というけれど、誤字も盲目だ。

よっぽど注意深くあらないとどんなに短い文章でも誤字は存在しうる。

しかも大抵、提出したあとや投稿した後に発見されるのだ。

 

プロの文章でも、初版本や雑誌をめくっていると稀に誤字や脱字に遭遇する。

プロの刊行した書籍は幾度も確認がなされ、校閲とかいろいろあるだろうに、それでも誤りはあるのだ。

決していい加減な仕事をしているというわけではなく、誤字というものが巧妙に息をひそめて正体を隠し、我々の目を欺いてさも正しいかのように振舞うその性質のために、発生する悲劇なのだ。

私の好きな作家の膨大なページ数に及ぶ新刊書籍にも誤字はいくつか見受けられたし、限定生産の大型漫画書籍にも「誤字の訂正」の紙が挟まれていたし、私が浪人時代ボロボロになるまで使った世界史の参考書にも誤字脱字はあった。

その参考書に至っては初版でもなかったのだが、誤字がかなりあった。

受験勉強が終わったら出版社へどこに誤字があったかを教えてあげようとワクワクしながらページに付箋を貼っておいたのだが、受験が終わったらどうでもよくなって結局なにもしなかった。誤字は15か所くらいあったはずだ。

 

仕事のメールを見ていても誤字はそこら中にある。

私の先輩はどういうわけかメール誤字の多い人で、文末の「よろしくお願い致します ○○(署名)」という決まり文句を二つも三つも書いていたり、接続詞が省かれていて支離滅裂になっていたり、ひどいと誤変換まみれで内容すらも伝わってこないことがある。メールだけでなく、社内チャットでも酷い。

なんていうか、業務が多くて疲れ切っているんだな、という気もするし、生き急いでいるのかもしれない、ともおもう。眠っている可能性もある。

理由は何であれ、読み返していないことは間違いないだろう。

私はそういう「ミス」の笑いに弱いので、先輩にはぜひとも注意していただきたい。でないとオフィスで笑ってしまい、理由も説明できないまま「不気味な奴」と思われて自害を強要されるからだ。

 

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さて、書きたいことも書いたので、あとは眠い目をこすりながら文章を確認しなければならない。

文章を磨いていくことは楽しくもあるけど忍耐も必要だ。何度も読み返されることに耐えうる文章になっているといいのだが。