蟻は今日も迷路を作って

真面目な話からそうでない話まで。本当の話から嘘の話まで。蟻迷路(ありめいろ)という人が書いてます。

袋麺は楽しいぞ

麺の醍醐味って、美味しさよりも楽しさだとおもう。

深夜、コソコソと台所に立ち、換気扇のライトだけを頼りにアルミ鍋に湯を沸かして、乾麺をくつくつと煮る喜びよ。

自室に鍋ごと持ち帰って、ふぅふぅ冷まし、そそそとすする、楽しさよ。

なんでしょうね。

何が楽しいのだろう。

「やってる感」が楽しいのでしょう。

何を「やってる」かって、多少の手間がそうさせるのです。

 

 

YouTubeには宮崎駿がスタッフのためにラーメンを作る動画がある。

違法アップロードの切り抜き動画なのでここでは割愛するが、「宮崎駿 ラーメン」で調べると出てくるので、よかったら参考にしてほしい。

2年前くらいからこの動画を折に触れては見てきた。

宮崎監督は「貧乏塩ラーメン」と称して10玉分の袋麺をこしらえる。

味が実際にどうなのかわからないが、いかにも美味しそうな出来栄えだ。

深夜の作業中、直接寸胴鍋からマグカップに麺をすくいとって、仲間たちとすするのだ。深夜、夜食、というのが良い。袋麺が最も輝き、威力を発揮する時間である。

 

 

 

 

夜の遅い時間に、お湯を注ぐだけで完成するカップ麺ではなく、わざわざ袋麺という手間が、美味しさ以上に楽しさを味わわせてくれるのだ。

手間と言っても大したことはなく、そのわりに美味しくできて、充実感もある。

「手軽な手間」はBBQで焼そばを焼くときのような充実感をもたらすのに、そこまで大変ではないのが特徴だ。

深夜にコソコソ作って食べるとさらに良いのは、BBQ的充実感にさらに秘密基地的な隠密性が加わってスリリングになるという点と、深夜に食べるという「罪」の背徳感がよりラーメンを美味しくさせるという点だ。

さらに、ただ深夜に食べるだけではなく、勉強とか創作とかなにか作業をしたその中途で休憩がてら作ると、より一層「やってる感」が出て、袋麺は楽しさを増す。

飲みのあとでもいい。

したたかに独り酒を飲み、シメに袋麺もありだろう。

これについては向井秀徳氏がYouTubeで実践動画を載せている。(こちらは違法アップロードではないはず)

youtu.be

(違法とかあんまり関係ないだろ)

 

深夜のカップヌードルもまたいいものだけど、袋麺は「楽しさ」を加味して美味しいものなのだ。

 

 

鍋(なんだっていい)に湯を沸かしている間に具材を切る。

ネギを荒く切って、残り物の白菜の芯とシイタケを細かく刻んだものをフライパンで炒める。

塩少々、コショウ、香りづけに醤油。味付けなんかどうだっていい。

そのうち湯が沸くので、袋麺を投入する。ここで粉を入れてもいいし、入れなくてもいい。好きなタイミングでいい。

麺が茹で上がったら溶き卵を素早く回し入れ、炒めた具材を載せて完成だ。

どんぶりにわざわざあげてもいいし、鍋から直接食べてもいい。

そもそも具材はなくたっていい。

袋麺に大事なのは作法やルールではなく、楽しむことと美味しく食べることなのだから。

そしてすすろう。袋麺から立ち上る白い湯気は冬の夜の季語にしたいくらいだ。

 

深夜に食べたいよ。君と食べたいよ。