蟻は今日も迷路を作って

くだくだ考えては出口のない迷路に陥っている

生きててえらいで賞

ウペンちゃんがいる生活を思い描く。

有史以来、「存在する」だけで褒めてくれたのはイエス・キリスト以来である。

コウペンちゃんは私を、「私がいる」というだけで、肯定してくれる。

 

コウペンちゃんが私の家にいたら ────

 

──── 仕事から帰り、冷凍のパスタを温める。17日連続ペスカトーレ

残業が平均的に毎日3時間を超えるので、家に帰ってとても料理をする気にはなれない。料理と片付けの時間を睡眠にあてたい……それだけがプライベートの死んでる私に唯一許された欲だった。

眠るためなら17日連続ペスカトーレでも構わない。なるべく栄養がありそうで短時間で簡単で、それならいい。だいたい、味覚が鈍くなってきているので何を食べたって同じだった。

「チンしてえらい!」

と、電子レンジの前で跪(ひざまず)く私に明るく言うのは、コウペンちゃんだ。

「疲れてるのにチンしてえらい!」

コウペンちゃんの明るさは電子レンジの内部灯よりずっとずっときらめいている。その明るさがときどき眩しすぎることがある。

私はなにひとつ偉くないのだから。

 

 

コウペンちゃんは、なんでも褒めてくれる。

私がまともな生活を送っていた頃から、変わらずに褒め続けてくれる。

確定拠出年金の出資額を毎月確認してえらい!」

「テレビの裏にたまった埃を掃除してえらい!」

「プラゴミを厳密に分別してえらい!」

「三食食べてえらい!」

「お風呂に入ってえらい!」

それがだんだん、私の生活が荒むにつれて、褒める内容も落ちていく。

「起きてえらい!」

「服着てえらい!」

「食器を五日以内に洗ってえらい!」

「三日着た服をまだ着てえらい!」

褒められるたびに悲しくなっていくのはなぜだろう。

「残さず食べてえらい!」

17日目の冷凍ペスカトーレをなんとかビールで流し込んで、最低限の栄養を摂取する時間を終えた。明日には何の味もしなくなるかもしれない。ビールの苦みだけは舌の根にこびりつくからやめられない。

仕事のパソコンを開く。

0時まで残りの処理をやって、シャワーを浴びてから2時まではお笑いラジオをかけながら資料作りをする。もちろん給料は発生させない。ネットワークに繋ぐと労務管理アプリが自動でログイン履歴をサーバーに残すから、ネットワークには繋がない。

ただひたすら、一人の夜に。

お笑い芸人が何で笑っているのかわからないけど笑っている。耳障りな音だけど、消すと独り言が聞こえて耳障りだったから、騒音まがいのものがあるほうが心地よかった。音があると自分の心をかき消すことができる、余計なことを考えず、余計なものを聞かないでいられた。

無理矢理笑顔を作ってみると心が晴れやかになるという。だから無理矢理笑ってみてるんだ。なにがおかしいんだか。

余計なことって、余計なものって、独り言だよ。こういうやつ。

「コウペンちゃん、私、えらいよね?」

 

散らかった部屋、電球が半分切れてるシーリングライト、カビた壁紙、ペットボトル、硬くなったおにぎり、ぺちゃんこの布団、髪の毛の束、タコ足配線、ペットボトル、紙パック、頭痛薬、充電器、ポテトチップスのり塩の屑、ペットボトル、ペットボトル、ペットボトル。

荒れ果てた部屋に、自分を失くした生活に、コウペンちゃんはいる。

私のそばで、いつもずっと一緒にいる。

無理矢理笑ってみると、気分が晴れやかになるという。そうやって自分をコントロールしないと駄目なんだ。それと同じことで、自分自身を肯定するために、私はコウペンちゃんと暮らしている。

私はペットボトルに溜まった虚空に向かって、「生きててえらい!」と呟いた。

 

お題「#わたしAWARDs 2020」