私の枕は「ジジイの枕」と呼ばれて親しまれている。
これは蕎麦殻の枕なのだが、色合いといい、感触といい、においといい、どことなくジジイ感が漂っているので、恋人が「ジジイの枕」と呼ぶようになったのだ。
ざらざらした手触りとその色がジジイの皮膚を思わせるし、頭を載せると、やわらかいのだか硬いのだかどっちでもないような感じで、老人の髪の毛と入れ歯の欠片を詰め込んだようなフサフサゴツゴツした載せ心地を味わえる。
においに関しては、まぁ、私の頭皮のニオイが染みついているのだが、じっくり嗅いでみると奥の方にジジみの気配が伺えて、ついこの間までそんな影は見えなかったのに、ちゃくちゃくと年齢を重ねているのだなと実感する。そういえば最近、朝歯を磨いていて「オエッ」ってなる頻度が多くなってきたし、疲れると目がかすむこと、しばしばである。
男性のみなさんは何歳ごろから枕のニオイの底にジジみを覚えるようになりましたか?
そんなジジイの枕、別に気に入っているわけでもないし、私のありがたい頭を支えるのにフィットしているわけでもなくて、ある朝にはひどい肩こりを誘発することもあるので、そこまで愛着は無かった。
もうしばらく使ったら替えてもいいかもしれない。とさえ思っていた。
────────
私のベッドはシングルベッドで、恋人がお昼寝や「休憩」と称して理由もなく横になることが多い。彼女は自分のベッドよりも私のベッドで寝ることの方が多いのだ。
私だって、食後横になりたい。
そこは私のベッドであり、主権は私にあり横になる権利があるので、恋人に「申し訳ないですが、すこしズレていただけると助かります」と申し訳を立てれば私は私のベッドに入れてもらえる。
だが、ジジイの枕は恋人が占有している。
再び申し訳を立てれば枕の端を借りることができるのだけど、小さい枕を二人で分けるのは窮屈で、結局私は枕を使わずに自らの左手でもって善(よし)とするのである。
そんな生活を半年続けてきたが、いよいよこの窮屈にも耐えかねてきたので、追加で枕を買った。
1000円の安い枕だ。
このご時世店頭で触れるのも嫌悪感を催したので、なんとなく値段だけで決めた。1000円。ふむ。これで充分だと思った。
帰ってから圧縮された袋を開けると新品の枕は体積を倍以上に膨らませて、ジジイの枕の横に陣取った。ジジイの枕はきまり悪そうな顔で新品の枕に端の方を潰されていた。
さっそく載頭してみる。
ボファ、と頭が沈みこんだ。
両目の端に枕の影が見えるくらい沈んだ。
横向きになると片目が隠れるくらい沈んだ。
これだけの厚さがあるのにこんなに沈み込むと、うすくてかたい布を数枚頭の下に噛ませたような、さもしい感触が後頭部に残り、まさしく値段相応、むしろお値段以下、と言っても語弊は無い使い心地だった。
1000円的。1000円ならこんなもんなのか。1000円にしても酷い気がする。
新品の枕は見た目が大きく派手なだけで、本質は貧弱・貧困なのであった。
誇張した枕。虚勢を張るとはこういうことか。
恋人はただ「嫌い」とだけ言った。
10分もそいつに頭を預けていると、次第に首の後ろのあたりが痛くなりはじめた。なんだかひじょうに、疲れた。
だめだこいつは。
あらためてジジイの枕に戴頭してみると、物凄くフィットして心地よく、「ああ、これこれ。これじゃなきゃ眠れない」とジジイの枕への評価が上がったのであった。
ジジイの枕も、まんざらでもない顔をしていた。「あっしがご主人の頭のこと、いちばんわかってるんで」みたいな。
玄人なのだ。