大学生のころ、夜中にアパートで仲間たちとくだ巻いて酒を飲んでいたのだが、1時過ぎくらいに酒が足りなくなって(酒の量に関して我々はいつだって見積もりが甘かった)近所のコンビニへ連れ立って出かけた。
たしか、大学3年の前期、夏の前の
やたらと暑い夜だった。
あれを買う、これを買う、これも買う、これは買わない、やっぱこれやめとく、度が強い方が手軽に泥酔できる、ソフトドリンクでもいい、なにも買わない説もある、などと物色し、商品を吟味して棚から棚へ渡り歩いていた。
棚の向こうに、見覚えある人影がいた。
彼は、火曜日の同じ授業を取っていた同期であった。
べつに友だちでもなんでもないのだけど、一回だけ関わったことがあって、それも一年生の頃の必修の授業で同じ班になっただけで共同発表した程度の、浅い関係だった。
なんか暗いというか、あまりぱっとしない奴で、一年生の頃は「自分は仮面浪人をしている」なんて自己紹介していた子で、あ・そうって関心もなく相手にもされてなかったけど、まだ大学にいるということはおそらくそういうことで、あるいはまだ仮面浪人なのかもしれなかった。
相変わらず痩せてごつごつした顔で、目は窪んで影が差していた。
このコンビニにいるってことは、近所に住んでいるのだろう。
うわ、と思った。
って別に、嫌うほど深い関係性でもないし、挨拶くらいはするけれどそれだけの関係でしかないからどうだっていいのだけど、浅い関係の知り合いが近所にいるというのがなんか今後活動しにくくなるというか、なんだかノイズに思えてならなかった。
彼は、私が近所にいるということを別に知らなくてもいいのだ。
私は自然と声を抑えた。
声を抑えたけど、普通に目が合った。
なぜなら我々と彼は瓶酒コーナーではち会ったからだ。
「あ、ども」と彼は言った。
「ああ、え、近所?」
「うん。ぼくは四丁目に住んでる」
「へぇ~、奇遇だね」
四丁目か。四丁目ということは私の家とは反対方面で駅も隣駅の方が近いということになるな。生活圏内はこのコンビニを除いてギリギリ被っていないようで、少し安心した。
「蟻迷路君は、飲み会?」
「ああ、そう。足りなくて買い出しに来たんだ」私の仲間たちはどこにも感情がないような笑みを浮かべる練習をしていた。または、余計なことを言わない練習、とも言えるだろう表情だ。
彼の買い物かごにはウィスキーの角瓶と紙パックの焼酎、それから鏡月の瓶が入っていた。
こういうとき、一応礼儀として彼も飲み会に誘うべきなのだろうか?
誘ったとて断られることは百も承知、ただの礼儀に過ぎず、それは彼もわかっていただろう。私はただ冷たい奴と思われたくないだけだ。だけど、こういう、意味のないコミュニケーションはこそ無駄。私は効率厨なのだ。気を遣うことないだろう。だいたい、そんな礼儀なんて知らない。あんまり関わりのない奴に誘われても迷惑なだけだろうし。
私の仲間たちは漫画コーナーで油を売っていた。テキトーに会話を切り上げてそろそろ帰ろう。
「すごいお酒買うみたいだけど、そっちも飲み会?」
彼の買い物かごを指して、私は訊いた。
「ああ、これ、いまから一人で飲んで、死ぬんだ。ごめんね」さらりと彼は言った。「じゃ、飲み会楽しんでね」
彼はレジへ向かい、コンビニを出て行った。
あれは彼なりのジョークだったのだろうか?
そうだと思いたい。
たとえ礼儀だったとしても、上辺だけだったとしても、彼を誘ってあげるべきだったのだろうか?
翌週の火曜日の授業を私はサボった。以来、火曜日は自主休講とした。
もしも彼が来ていなかったらどうしよう。そう思うと怖くて、単位のひとつくらい落としてもしかたがないと思えた。
きっとジョークだった。
きっとジョークだったのだ。