残業中に恋人からLINEが入った。
「指をドアに挟んじゃって痛い。夜ご飯作れないかも、ごめんね」
「痛いよう。帰ったら冷やす……」
文面から漂う悲痛、情けなさに、私の指までズキズキしてきそうだった。
できることなら早く帰って晩御飯を作ってやりたかったが、あいにくその日中に終わらせなければ死刑は免れない案件を抱えていた私は帰るわけにもいかず、広いオフィスで私の周りだけ明かりをつけた孤独の環境で、粛々とデータを整理していくしかないのだった(今気づいたのだが、帰りがけにオフィスの電気を消し忘れた)。
LINEで恋人の様子を探りながら、もう片方の頭で仕事を高速で片付けていく。
「今日はもう晩御飯いいから、お弁当かどっかで食べて帰りなね」
私がそう送ると、
「うん(涙)」とすぐに返事が来る。
ああ、つらくてずっとケータイを見てるのかもしれない。
恋人が痛みに顔をしかめているのを想像すると、なんだか涙が出そうになる。
どうして恋人がそんな目に遭わねばならないのだろう。理不尽とすら思う。
ズキズキ私の指先から痛みが広がる。頭の髄に響く。
彼女はきっと今頃、私のベッドにうずくまっているのだろう。保冷材で指を冷やしながら、シクシク泣いているかもしれない。
なんとか仕事を終わらせて(すばらしいスピードで)、急いで帰路についた。
帰りにアイスを買った。もちろんハーゲンダッツだ。彼女はこれが好きなのだ。
私は夕飯に「蒙古タンメン中本」のカップ麺を買った。これを食べると翌日9割9分腹を下すのだが、これを食べずにいられない気分で、強烈に辛い物を食べてストレスを発散したかった。大好きだ。
きっと家では恋人がシクシク泣いているのだろう。指は青黒く腫れているのだろう。食べたコンビニのお弁当が片付けられないままローテーブルに残っているのだろう(片付ける気力もないほど彼女は衰弱しているのだろう)。
私まで泣きそうになりながら夜道を急いだ。
帰宅。
恋人は私の毛布にくるまって、ソファに横になって寝ていた。
「おかえり」という声にはハリがないけど、存外元気そうで安心した。指を見せてもらうと、少し痣になっているほか腫れておらず、重症ではなさそうだった。
意外とケロリとした表情の恋人に安心した。心配させまいとそうしてくれてたのかもしれないけれど。
アイスを買ってきたことを告げると、パッと明るい表情になって彼女は言った。
「よかった。コンビニでね、こんな日はもうアイス買っちゃおうかって思ったんだけど、いや待てよ、こういう日は── 私が悲しい日は── あなたがご機嫌とるためにアイスを買って来てくれる傾向になるから、それを信じて買わないでいたの!」
うきうきしながら冷凍庫を覗く彼女。
計算高い冷静な頭が働くくらいには彼女が元気そうでなによりだが、私は信頼されているのか、それとも利用されているのか、すこし複雑な気分だった。
中本もアイスも美味しかった。