蟻は今日も迷路を作って

くだくだ考えては出口のない迷路に陥っている

ぼくたちの(小規模な)失敗

2月23日天皇誕生日、私たちはいくつかの小規模な失敗を重ねていた。

まず、今夜はカレーだというのに肝心のルゥを買い忘れていた。

休日に早起きしてわざわざ早朝に出した金属ゴミがいつまで経っても回収されず、不燃ごみの日を勘違いしていた。

よく調べもせず温暖だと決めて薄着で出てきてしまった。

そして、寒い思いをして行った近所のカフェが「二度目行くことはないかな」と言わざるを得ないカフェだった。

 

カフェは混んでいて、私たちは「離れ」みたいな待合室でおよそ30分弱待たされた。シンプルな木のテーブルと、丸くて硬い木の椅子だけが置いてある、待合室だった。

私たち以外にも待っている客がいて、それぞれに固まってスマホを見たり、髪の毛の色について議論したり、あるいは私と恋人のように白い壁を見つめていたりした。

「どうせならここにコーヒーを運んできてくれてもいいのにね」

「でもここにはレジがないし、監視もできないから危険なんじゃない?店からここまで砂利道だから転ぶかもしれないし」

待合室の半分に机と椅子が押し込まれていて、もう半分はがらんとしていた。壁や天井は新しく、エアコンも白く誇らしげだった。

「こういうレイアウトが、おしゃれなのかな」

「そうかもしれないね」

 

ようやく店内に通されて、私たちは相席に座った。長机の反対側で、ヒゲを蓄えた男が、バンドシールを張りまくったMacをカタカタいじっていた。ガレージロック系が好きらしい。

店内は狭く、人も多くて、それなのにやたらと大きい観葉植物が中心にそびえ、もう棺桶ひとつも置けそうにないほどだった。

全体的に白く、なにもかも直角で、窓が大きく、何語かもわからない絵本がレイアウトされ、無駄がない部屋なのかと思いきや奥の扉になぜかインターホンがついており、天井にはぶら下がり棒が設置されていた。統率が取れているようでいてよく見るとちくはぐ、ときどき理不尽でもあり、要するに落ち着かない店であった。

でもまぁ、これがおしゃれなのだろう。

若いカップルが多く、どれもインスタグラム をやってそうな顔つきだった。

 

目当てのプディングが売り切れたというので、恋人はしぶしぶスコーンを注文し、私はブレンドだけ注文した。

席で待っている間、目の前には相席の男がいたし、満席の混雑だったのでマスクを外さず ぼそぼそと喋っていたのだが、周りの声がやたら大きくて、お互いに何を言っているのかわからない状況がたびたび発生した。コミュニケーション・ブレイク・ダウン。ディスコミュニケーション。私はいくつかの相槌を間違え、恋人は要領の得ない返事を繰り返した。

外は風が強く、店内の音楽には統一感が無かった。はっぴいえんど の次にジャミロクワイが流れていた。

そしてコーヒーとスコーンは出てくるまでにまた30分弱の時間を要した。

私と恋人は円滑なコミュニケーションを諦めて、彼女はスマホをいじり、私は会話の騒音の合間に聴こえる不穏なセットリストに耳を澄ませていた。

 

大声で叫んでやろうかな。そして、自死でもしようかな、と自棄になったころ、コーヒーとスコーンはやってきた。

コーヒーは意外にも美味しく、春らしい爽やかな甘い香りがした。スコーンは「素朴な味でしょ?」と押しつけがましい素朴で丁寧な味がした。

後ろの席ではインスタグラム中毒のカップルが、通路を塞いでまでしてレトロな雰囲気のプリンの写真を何枚も撮り、中卒みたいな顔した女が席で化粧を始め頬をはたいていた。「ああ、もっと、そう顎引いて」とか男が言って、通路に身を乗り出して女の顔面をiPhoneのフォルダに敷き詰めるべく、シャッターボタンを連打していた。

時代が時代だったら、彼らは切り捨てられていても文句は言えまい。

 

 

カレールゥを買って帰った。