蟻は今日も迷路を作って

真面目な話からそうでない話まで。本当の話から嘘の話まで。蟻迷路(ありめいろ)という人が書いてます。

私なりのデモ

今の、とくに五輪関係のニュースは目にするだけで辟易し、ただでさえ精神が擦り減っているのにさらに摩耗して消しカスみたいにふにゃふにゃになってしまう。

この国がなにをしたいのかわからない。どうしたいのかわからない。心と体がバラバラだ。

長期的な作戦が苦手で協調性もなく目先の利益優先な日本は、だから外交もサッカーも弱いのだ。

 

この国は私を幻滅させる努力を惜しまない。

次の選挙は自民党以外にしようと決めるが、すぐに「そういえば自民党以外も終わってるんだった。比較的マシな気がするだけだった」と思い直してまた絶望。

もうだめだ。

独立国家をつくるしかない。

 

このような国へのヘイトをいくらでも吐き出せるのがSNSで、ほんとうにいくらでも吐き出せるのだけど、枚挙にいとまがなくなってしまうし、私自身、他人のヘイトを見たくも読みたくもないので、吐き出さない努力をしている。

嫌なコンテンツは見なければいい、なんて人は言うけれど、目に入ってしまうのだから仕方なく、情報は選択的なものではないのだ。

パッと目を向けた景色に入っていた、無粋な電線とかクセの強い宗教施設とか変な店名の食パン屋に、つい意識が向いてしまうのと同じ。見たくもないのに目に入ってしまうことはある。

被害者にもなりたくないし、加害者にもなりたくない。

 

なので、ヘイトを吐き出したくなったら、私は美味しい食事の写真を載せることにした。

 

『トリコ』という漫画で、何年も続いた戦争がひとつの絶品グルメによって終結したというエピソードがある。

感動的なおいしさに各国の首脳が目を覚まし、戦争のあまりの馬鹿馬鹿しさに気付いて、戦争を終結するのだ。

食事はすべての平和に繋がっている。

 

 

美味しいものは食べてこそ、だけど、ひとまず見ても癒される。

自分の撮った写真ばかりなので、これを食べた日の思い出もあるし、匂いとかもちろん味も思い出して優しい気持ちになれる。恋人のことも思い出す。ほとんどは彼女と共に食べ、あるいは彼女のために私が作ったものだ。

 

 

殺伐とした言葉を吐き出す代わりに、美味しい写真を載せる。

無言の訴え。

言いたいことはたくさんある。罵りたい、怒りたい、泣きたい、悔しい。

だけど言葉にしてしまうと、あるいは傷つく人がいるかもしれない。

それに、言葉にしたところでまったくすっきりしないし、むしろ虚しさを覚えて悲しくなるだけなのだ。

 

 

 

豊かな食事は私なりのデモ。

 

 

ここからはおれたち若者の時代なんだ、好き勝手はさせねぇ。