蟻は今日も迷路を作って

真面目な話からそうでない話まで。本当の話から嘘の話まで。蟻迷路(ありめいろ)という人が書いてます。

生きることに集中できない

事中にアイスクリームのことを考えていたら、まったく無慈悲に突然、業務のことで他のチームの人に話しかけられて、要領を得ない答えをしてしまい恥を掻いた。

アイスクリームのことを考えているときに仕事の話をしないでいただきたい。

 

最近の私は、ここにきてようやく「ゴールデンウィークが終わった」ことを認識し始めたこともあり、心が無理になってきていた。

もっと言うと、「ああ、春が来たな」と思っていたのがいつの間にか夏になっているではないか。

四季。はやいよ。

このように時間感覚が狂っているのは、きっと、ずっと うわの空で集中力を欠いているからに違いない。

 

仕事中はとくに うわの空で、関係ないことばかり考えたり、関係あることを考えていてもイマイチ集中できず、アイスクリームや草花のかたちに思いを馳せてしまう。

なにかそういう病気だと言われればそれまでだが、そういうものでもないと思いたい。

 

たしかに昔から集中力は欠けていた。

特技と言えば集中力が無いことだ。

 

勉強に集中できたためしがなくて、教科書の登場人物で落書きを免れた偉人はいない。

いまこのブログを書いているときも、一行前の「勉強」からこの行頭の「いま」までの間に、私は空きビンを吹いて笛にして遊んだり、恋人の後を付け回して犬になりきったりするなど、集中力の無さをいかんなく発揮していたところだ。(これを「行間」を読むと云う)

本当に集中して頭の芯がとろけるようになることもあるけれど、なかなかそのモードに入ることができず、結局無為になる時間が多くなる。

私にとって「集中」はアンコントローラブルだ。運が良ければ集中できるし、悪ければ時間を溶かすだけだ。

 

もはや「思考」すら集中できなくて、真面目に考えなければいけないときにかぎって頭の中にいる別の私が「お、考えてるねぇ、大変だねぇ」と言ったり、また別の私が「お昼ご飯は何を食べようかなぁ」「うんちのおしっこ」「三枚舌外交、三つすべて答えよ」などと言って思考を邪魔してくる。さらにまた別の私が「さあて、考えてみるとするかな」とわざとらしく声を大きくする。

まったく、邪魔な「私」たちだ。

その「別の私」も私自身が思考して作り出した幻なので、とどのつまりは思考が散漫になっているのである。

もはや同時多発的に脳内で繰り広げられているので、客観的には並列に思考しているようにも見えるだろう。高速演算により別々のタスクが同時に進行しているように見えるコンピューターみたいなものだ。(私は富岳ほど利口ではないが)

 

この注意散漫、日常生活に支障をきたすギリギリなのでどうにかしたい。注意散漫により交通事故を起こす日も遠くないだろう。

このままだと生きることそのものにも集中できなくなり、そうなったら都度死んだり生き返ったりするハメになるだろう。きっと「死」にも集中できないだろうから。