パンケーキを焼く。まずは粉を混ぜる。
森永のパンケーキミックス。ねっとりしてる。
よくパンケーキとホットケーキを混同する者がいるが、パンケーキとホットケーキは形こそ似ているものの、その本質はティーポットと急須くらい異なるのだから、知らない人は恥を掻くから違いについてよく調べておいた方がいいだろう。私の喩えはたぶん的確ではないだろう。
パッケージの指示どおりに焼く。レシピを忠実に守る。それこそが料理上手への近道だ。
焼きながら、こんな平日の夜に一体おれはなにをしているんだ、と思わないでもない。
火曜日の22時。
明日も朝早くから仕事があり、電話をかけなければならない相手がいて、後輩に教えなければならないことがいくつもあり、午後には打ち合わせが入っている。その資料に目を通しておく必要がある。
だのに、おれはなにをやっているのだろう。
前回の記事でも書いたが、ふと思い立ってパンケーキを焼くことにした。
平日の夜、夕食後、いきなりパンケーキだ。
誰も私を咎めないし、後ろ指ささない。同棲する恋人にも相談したところ。ぜひやろう、となったのだ。
強固な意志でパンケーキミックスを買った仕事終わり。
夕食後、シャワーを浴びて、髪を乾かし、強固な意志でパンケーキミックスを開封した。
なんとしてでもパンケーキを焼こう。本当の自由のために。本当の人生のために。
私の意志はパンケーキに反して固かった。
「おれはいったいなにをやっているのだろう」
火曜夜、22時の我が家のキッチンであり得ないことが起こっている。パンケーキを焼いている。ささやかではあるが、現実と乖離した光景に一瞬頭が混乱した。
「でもおれは、これを焼くしかもうないんだ」
受け止めきれない現実に、しかしながら冷静に自分の立場を理解して、強固な意志でもって任務を完遂するべきだと判断した。
蓋をして3分、裏返してさらに3分、焼いた。
蓋を開けるとお日様みたいな小麦粉の甘い匂いがした。
バニラアイスをのせたら、以前作ったプラムのコンポートをかけて完成だ。
「あなたは天才だよ」恋人が言った。
私は天才だったのだ。
「平日の夜にこんなことを思いつくなんて。悪魔的でもあり、天才的でもある」
コンポートの甘酸っぱさとバニラアイス(スーパーカップのバニラ)の安くて貪欲な甘さがたまらない。
パンケーキはもちもちフワフワでさっくりと味がなじむ。パンケーキの本領とは食感と喉越しにこそある。森永のパンケーキミックスはかなり評価できる味わいだ。
「ミントを添えたら、味だけならこれ表参道で1650円だよ」
褒めてる褒めてる。
自由の象徴だ。
人生は思い立ったらなんでもやったほうがいい。
やって成功すれば最高だし、失敗してもまぁなんとかなるんだから。
自己責任でいられる大人って素晴らしい。自己責任こそが自由である。
楽しいことはなんでもやろう。後悔するわけがない。
パンケーキは大成功だった。
あとでやればいいか、と思った企みとか思い付きって、その瞬間を逃すとたぶんずっとやらなくなる。思い立ったその時に動きはじめなきゃいけない。
やろうと思ったその時がやる時なんだ。
それができるのが大人だから、大人になってよかったと心底思う。
楽し気な大人になれつつあって嬉しい。
こういう夜がたまになくちゃならない。
(おわり)
↓ コンポートを作った話
↓ パンケーキを焼くに至るまでの話