おととしタイへ行ったときに露店でTシャツを買った。
恋人への土産のひとつとして すいか柄のTシャツを購入し、自分にはバナナ柄を購入した。たしか日本円で120円とかそんなもんだった。
アホ安かったしなにせ露店で売っていたものだから着心地はあまり期待はしていなかったのだが、これが意外と優れていて、サラサラして肌触りもいいし、なんの布地を使っているのかめっぽう丈夫でまったくヨレていない。糸もほつれない。
同棲してる今となっては、私がバナナで恋人が すいかを着ていると、ペアルックみたいで仲睦まじそうに見える。
「でもそのバナナ、腐ってるよね」彼女が言う。
「腐ってなんかないさ」私は反駁した。「写実性に富んでるんだよ」
「どう見ても腐ってる」彼女はコレとかコレとかと指差して言った。「なんで腐ったバナナがプリントされた気の狂ったTシャツを着ている男をわたしが見なきゃいけないのよ。気が狂いそう。いや、あなたの気が狂ってるのね」
「狂ってないよ」
「ごめんなさい、Tシャツが狂っているかどうかはともかく、あなたは狂ってるね」
「逆では?」
「狂ってる人は自分が狂っていないことを証明できないの。悪魔が自分を悪魔ではないと証明できないように。人間の皮を被った巨人が自分を人間だと証明できないように」
「進撃の巨人の見過ぎだし、論点がずれてきてる。おれは狂ってないし、このTシャツのバナナも腐ってねーよ。この世のどこに腐ったバナナをモチーフにしたTシャツを作る奴がいる?それを着る奴がいる?」
「それがここにいるから狂ってると言ってるの」
私は胸の中でやれやれ、とため息をついた。話が堂々巡りのドグラ・マグラだ。
言うほど腐ってないよね。
「ここにハエを1匹でも描いてみなさいよ。瞬時に腐って見えるから」
「そんなTシャツ嫌だ」
「あなたに抱きついてるときとか、お喋りしてるとき、ふとこれが目に入ると、ああどうして腐ったバナナのTシャツを着てる人といるんだろうって、ノイズになんのよ。柄が五月蝿いの。ハエなだけに。意味がわからない」
「なに言ってんだよ。落ち着いてくれ。
これ、とどのつまりは主体性と認知の問題だよ。君がどう認知するかで──」
「難しい言葉で誤魔化さないで。そのバナナは腐ってるし、そんなものを着て喜んでるあなたは狂ってる。
わたしの すいかTシャツは可愛いデフォルメされた すいかなのに、なんであなたのバナナはリアリティをもって腐ってるのよ。
とにかく、絶対に外には着ていかないでね」
「コンビニくらいはいいでしょ?」
「一人で行ってよね」
コンビニに一人で行き、酒を買うか。
もちろんバナナ・サワーを。