蟻は今日も迷路を作って

くだくだ考えては出口のない迷路に陥っている

手にひっかかっても検査にはひっかかるな

康診断があった。

健康診断といえばお楽しみのひとつが尿検査、採尿である。

 

私は完璧な尿検査(採尿)をできたためしがない。

 

毎年、一年に一回の運試しだと思っている。

 

ある年は盛大に手にひっかけて大惨事になったし、ある年では採尿しすぎて溢れた経験もあるし、またある年ではせっかく上手に採尿できたのに家に忘れてきて現場のトイレで採尿し直したこともある。

なんの間違いもなく、失敗せず、完全で完璧で無欠な尿を採取できたためしが一度もない。

前日に酒を飲みすぎて尿そのものが不調だったり、前日夜にビタミン剤を飲んだせいで黄金色の尿になったりと、採取の失敗以前に健康的な尿ではないケースも多々ある。

尿検査は前日の水分摂取からはじまっているのだ。

失敗の工程は採尿カップ作成の段階にも含まれている。

尿は朝一のホヤホヤのものが良いとされているので寝起きの採尿になるわけだが、カップを事前に作成しておかないと朝、寝ぼけ眼でおしっこ漏らしそうになりながら慌てて作るので形がままならなくなり、最悪の場合採尿中に決壊する恐れがある。

完全な尿検査に挑むには前日準備が要なのだ。

こんな簡単なのにどうして毎年失敗するのだろう。考えるほど情けなくなってくる。このままでは採尿コンプレックスになってしまう。

だけど失敗はしつつも、検査で引っかかったことは一度もない。これだけは自慢だ。唯一私が誇れることだ。悲しいことに。

失敗しても検査には支障ないのでこれまでよしとしていたが、尿検査くらい完璧にこなせなくてなにが社会人だいっぱしの男だと今年は気概をあらため、せめて自分の納得がいく採尿をしようと意気込むことにした。

 

先述したように、尿検査は前日から始まっている。

日課の晩酌は控え、採尿カップは夜のうちに準備して「セット」しておき、提出用封筒に楷書で名前も書いておいた。寝る前に祈りの気持ちでコップ一杯の水を飲んだ。

これで健康的で文化的な最低限度の尿が採れるはずだ。

 

翌朝、私は寝起き即トイレに入り、前日セットしたカップに初手から勢いよく尿を注ぎ込んだ。

ははは、いいぞ。いい。

慎重に提出用の簡易試験管みたいなものに注いで、きつく蓋を閉めた。

あっという間に採尿は終わった。ここまですべてが完璧だった。

やはり事前準備。入念なイメージトレーニング。これこそが尿検査成功の鍵だったのだ。

やれやれ、この成功をブログにして世間に公表しよう。私の誇りがまたひとつ増えたことを皆さんに祝ってもらおう。

そんな清々しい気持ちで(単に尿をしたせいかもしれない)トイレから出て、最後にあらためて提出用の封筒の「注意事項」を読んだ。

 

『尿は必ず検査日の朝に採ってください。

 また、出始めの尿は採取せず、かならず「中間尿」を採って提出してください。』

 

中間尿、だと……?

そんなの聞いてない。

私は、私はさっき……「前日セットしたカップ初手から勢いよく尿を注ぎ込んだ。」

そんな、まさか、こんなことって……

 

──── 嗚呼

 

こうして今年の採尿は終わった。

失敗、である。

 

また、採尿した容器を観察すると、中に綿毛のようなホコリが漂っているのが見えた。

なぜそんなことになっているのか意味がわからないのだが、とにかくホコリは尿の中で「培養」されていて「最悪」だった。(セルの幼体か?)

中間尿どうこうのまえに私の採尿は失敗していたのだ。

 

完璧な尿検査などと言ったものは存在しない。

でも安心してほしい。

私の尿は、手にひっかかっても検査にはひっかかったことは一度もないのだ。

完璧な絶望は存在しない。

たとえホコリが混入していても誇りだけは混じりけも無い。