蟻は今日も迷路を作って

くだくだ考えては出口のない迷路に陥っている

世界に裏切られた日

盆休み明けでもないのにふつうに仕事はつらい。

早くこんなこと辞めて自由に生きるべきだと強く思う。

昨日は小さなトラブルが頻発して関係者に電話をかけたり解決方法を伝えたりメールしまくったりと落ち着かないことが多くて参った。

はい終わり(パンッと手を叩く)、次これ、はい終わり、次これ、と片付けてひと息つくとまた別の問題が発生してる。実際はそんな単純ではなく、ひとつの問題に取り掛かっているうちに別の問題が別のところで起きていてヘルプを求められているかんじだ。「ぷよぷよ」でお邪魔ぷよが積まれていくときの焦燥感に似ている。全消ししろ。

 

定時前に落ち着いたので、やることは残っていたが、もう嫌になって普通に定時で上がった。月曜から頑張る必要はない。

金は欲しいけどちょっと残業したくらいじゃ二束三文。ならばとっとと上がった方が精神衛生上よろしい。

夜はハンバーグを作る予定だったので、自宅近くのスーパーへ行く。こういうとき在宅勤務だとすぐに動けて良い。

ひき肉2割引を目当てに行ったのだが、そのスーパーにひき肉は売ってなかった。売り切れていたのだが、そもそも在庫が少なかったようである。

かつては大々的に広げられていたひき肉コーナーが大幅に縮小されて棚一段半にも満たないスペースになっていたのだ。代わりに余ったスペースには誰が買うんだと言いたくなるような加工肉を恥ずかしげもなく陳列していて、案の定売れ残りまくっている。肉担当者がとてつもなく愚かな証拠だ。ザマミロ。ひき肉を揃えておかないからこうなるんだ。ボケ。

ひとしきり悪態をついてから、玉ねぎと豆腐だけ買った。豆腐を混ぜた和風ハンバーグにするのだ。

 

そのスーパーの目の前にある別のスーパーに行ってみると、しかし ひき肉は売ってなかった。まぁ小さいスーパーなので期待はしていなかった。仕方ないので少し離れたスーパーへ行く。

しかししかししかし。

少し離れたスーパーでひき肉はよりによって「鶏ひき肉」しかなかった。

冷や汗が流れる。

仕事で疲れてスーパー三軒行脚してひき肉を買えない?このままではかなりまずい。

彼女に「駅前のスーパーで帰りにひき肉買ってきてくれ」とLINEする。駅前のスーパーに無かったら、万事休すだ。死ぬしかない。燃やすしかない。ちぎるしかない。すべての命を。

 

帰宅してとりあえずできる準備から始める。

味噌汁のためにネギを刻んでワカメを水に戻す。鰹節を入れ味噌を溶く。焼きナスのためにナスの皮を剥き、縦割りに切る。熱いフライパンで柔らかくなるまで焼く。茄子を焼くといつも痛々しい音がする。タレを作る。

その間に彼女からLINEが入った。「ひき肉買えたよ〜」

ああよかった。これで死なずに済んだ。燃やさずに済んだ。ちぎらずに済んだ。

「ああ、神よ」

ナスを焼き終えて盛り付け、ハンバーグの下準備に入った。豆腐を崩し、玉ねぎを刻んでおくのだ。

 

だが驚くべきことに、玉ねぎが腐っていた。

 

さっき買ったばかりだ。

見た目にも問題なさそうだが、切ってみるとなぜか内側に茶色い皮が層になっていて、中心部分が黒くなっている。黒い部分から変なにおいがして、よく見ると黒い粒々が糸を引いて邪悪な「巣」を形成している。

あんまりじゃないか。

大変な1日を終えて、スーパー三軒まわって ひき肉を買えず、買ったばかりの玉ねぎが腐っている。

世界に裏切られた気分だった。

ぶつけどころのない強い憎しみを覚えた。許さない。すべてを破壊すると決めた。一両日中に。

 

腐ってない部分をより分けてよく洗い、とにかく刻んだらなんとかハンバーグ分くらいは残ったのでそれを使って彼女が買ってきた ひき肉と合わせてこねた。

「ひき肉高かったよ。100グラム150円くらいしてさ〜」

もうそれ以上私を悲しませないでくれ。ひたすらに肉をこねた。ひとこね幾らか考えないようにして。

 

まぁでも。

世界に裏切られた1日だったが、自分で作った夕食はどれも美味しく、和風ハンバーグは絶品であった。

食べたら機嫌を持ち直せた。彼女も美味しいと喜んでくれた。

信じられるのは自分と彼女だけだ。

たとえ世界に裏切られようとも。