今週のお題「眠れないときにすること」
眠れないときは羊を数えるといいと聞くけど、その実(じつ)、数えるものはなんだっていい。
でもできれば現実とは関係のないものがいい。領収書の枚数やのこりの勤務日数や子どもの成績表の「5」の数を数えると眠れなくなる可能性が高いので、日常とは関係のないものがいい。
また、オーロラとか造山帯とかクジラのペニスとか、大きくて漠然としたものもやめた方が良いだろう。
程よい距離感の親しみがあって、脅威ではなく、具体的で、数えられるものがいい。
そんななかで「羊」は特によい、というだけだ。
一般的に日本で暮らしていれば羊と関係が深い人は少ないし、遠目に見ると羊は雲みたいで可愛いし、牧歌的な風景が思い描けてリラックス効果があるというものだ。羊を数えるときに背景を真っ白で天井の低い、扉もない閉鎖空間に設定する人はいないだろうし、マンハッタンビルの上空に設定する人もいないだろう。
木でできた低い柵が緑豊かな草原にひいてあって、丘の向こうには雪のかかった険しい山がそびえて、空は乾いてよく晴れている。
羊たちがめぇめぇ鳴きながら柵の向こうに集まって、私が笛を吹くと一頭、二頭、と柵を跳び越えて舌を出してやって来る。私は角を撫でてから尻を叩いて牧舎に誘導する。そうしてまた笛を吹く。
山羊(やぎ)でもいい。
もともと山羊と羊はその意味が逆だったと聞いたことがあるような気がする。嘘なのかもしれないがなんにせよどちらも似たようなものだ。羊羹と芋羊羹の違いくらいしかない。柵を越えられるならなんだっていい。
羊を数えても眠れなかったら、もう眠らない方が良い。
私は眠れないとき、ベッドの上でうだうだスマホの画面でわけもわからない小難しいWikipediaを読んだりするが、1時間眠れなかったら諦めて起きることにしている。
眠れない眠れないと劣等感に苛まれて不安に駆られるくらいなら、もうオールして最悪の一日を過ごす覚悟を決める。仕事中に頭痛がするかもしれないし、疲れは取れないだろうし、体調を崩すかもしれない。おそらく喉が痛くなって微熱を出すだろう。
それでも眠れないあの苦しさにあえぐくらいなら、もう寝ない、その選択をする。
寝ないと決めて、部屋を明るくして、温かいカモミールティーでも淹れて本を読む。
眠れそうだったら寝ればいいし、寝れなくてもいい。
世の中には一生寝なくても読めない分の本がある。観きれない量の映画がある。なにも焦ることはない。そう言い聞かせて時間が過ぎていくのを愉しむことにする。
意外とそうしているとあっさり眠気はやって来て、すやりと枕に落ちれるものだ。
緊張すると眠れないのかもしれない。リラックスが大事だ。
学生時代にまったく眠れなくなった夏があって、そのときは上田秋成の『雨月物語』と『春雨物語』『ますらを物語』を一週間分の夜を使って読み切った。一週間、毎晩3時間未満睡眠だったが、不思議と怠くはならなかった。
こういうときでもないと読めない本はある。こういう夜じゃないと観れない映画や聴けない音楽もあるだろう。
眠れない状況を愉しむのも一つの手だ。