勤務時間の都合で朝に家事をできなくなったので夜に洗濯機を回した。
夜中というほどの時間ではないけれど、すでに月は高く昇っているし眠っている人は眠っているかもしれない。そういう時間だった。
この日を逃すと台風が来て洗濯は絶望的なものとなり、室内干しをして終わってる公衆便所みたいなニオイのする衣類と過ごさなきゃならないため、なんとしてもこの夜に洗濯をする必要があった。
「洗濯機回しちゃうねー」と風呂上がりの恋人が言った。
「うん、お願い」
「あ、やべえ、ミスった。でもまぁ、いっか。いいよね?」
彼女が洗濯機の前で何か言ってる。
「うん?」
「よし」
「どうしたの?」
「洗剤と柔軟剤入れるとこ間違えた」
洗濯機は回り始め、フタはロックされていた。こうなったらどうしようもないが、まぁどうにかなるだろう。
「わたしのミスじゃないわ。洗濯機の構造が悪いと思うの」
一理ある。
洗濯機は幾度かの注水と掻き回しを経て、満足した頃に脱水を始める。この時が最も洗濯機の腕の見せ所で、内部で洗濯槽を高速回転しているのであろう、ゴウンゴウンと勇んだ音を立てる。今にも飛んでいきそうだ。
その時、中で何かが外れたのか、ガシャン、とすべての夢が壊れるような音がした。
直後、回転に合わせてガンガンガンガンガンガンガンガンと異音が鳴り、なんかわからないけど「ドームズ・デイ(審判の日)」という言葉が頭をよぎった。
アポカリプティック・サウンド?世界終焉の日?
異音は けたたましく鳴り止まず、真夜中のアパートに高らかに響き渡った。
洗剤と柔軟剤を入れ間違えただけでこんなことになる?
否。
衣類のなにかボタンとかファスナーがおかしなことになって洗濯槽に叩きつけられているのだ。
洗濯機のそばにいると耳が壊れそうなのでリビングに逃げた。リビングでも結構音はする。ベランダに出てみる。
ベランダに出ると暴音は、まぁ、トチ狂った秋の虫の声に聞こえなくもない気がする。近隣住民にはなんとか誤魔化せるだろう。
でも早く終わってほしい。
早く終わってくれ!
手を合わせ祈った。こんなに祈ったのはいつ以来だろう。それくらい祈った。祈りは尊い行為だから好きだ。知ってる神すべてに祈った。
私の祈りが通じたのか、二度の脱水後、時間どおりに洗濯機は停止した。
洗濯槽は壊れておらず、やはり恋人のボタンの多い服が暴れまわっていたようだ。栗みたいな大粒のボタンが二列にわたって首を揃えている、なにか不穏なことのメタファのような衣服だった。彼女の秋服である。
柔軟剤と洗剤を入れ間違えるといつもより洗剤の香りが強くなって、これはこれで若干クサイ。
「わたしのせいだと言うの?」
「過失だと思う」
秋の夜、虫の声を聞きながら洗濯物を干した。