蟻は今日も迷路を作って

くだくだ考えては出口のない迷路に陥っている

好きな「雨」10選

はてなブログ10周年特別お題「好きな◯◯10選

 

を好きな人は晴れが好きな人に比べて少数派だと思われる。

洗濯物が干せないし、靴ひもがほどけるし、靴下が濡れる。頭が痛くなる。結露する。

私は雨が嫌いというよりも、雨による副次的な害が嫌いだ。

台風とか集中豪雨のバケツをひっくり返したような雨を部屋から口を開けて眺めるのは好きだし、雨だれがてんてんとリズムを刻む音を音楽のように思えるし、雪混じりの冷たい雨が窓を凍えさせるのをこたつから見るのは情緒にも感じる。

あくまで副次的な部分が嫌いなのであり、雨そのものは好きなのだ。

 

というわけでお題「好きな◯◯10選」は「雨」をテーマに書いてみようと思う。

 

とは言え、あの場面の雨が好きと漠然に書いてもつまらないし、日本にはさまざまなシチュエーションの雨に名前が付いているので、『雨のことば辞典』(倉嶋 厚・原田 稔 編著)を参考に書き出してみよう。

(この本を買ってから使う機会が無くて困っていたがようやく「日の目」を見られるようだ(雨だけど))

 

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1.春雨(はるさめ)

大学生の頃に上田秋成の『春雨物語』を研究していたこともあって、「春雨」という言葉そのものに思い入れがある。

冒頭で筆者は春雨の降る外をときどき見やり、物語を書く=人を欺くことへの罪悪を抱きながらも、なおも書かずにはいられない諦念(ある種の情熱)をしたためる。

文字は100%のまことを伝えられない欠陥のツールだ。どういうことかというと、たとえば「カレーのにおい」と書いたところで文字そのものからはカレーのにおいはせず、ただ人の脳内でにおいが想起されて、経験から想像を補っているだけなのである。「実際」は文字の上では起こらないのだ。

物事は文字にした時点でまことを喪失し記号と成り果てる。そうしてそこに筆者の思想とか偏った見え方が加わり、さらに読者の脳内で変質して伝わる。

上田秋成は文字によって人を欺かざるをえない、テクストそのもののジレンマを抱えつつも、しかし物語を書く。書かざるを得ない。

なにかそんな渦巻いた苦しみを『春雨物語』の全体から私は感じるのだ。

冬の風に冷たく固まった地面を濡らす春先のやわらかい雨が降ると、『春雨物語』の冒頭を思い出す。

 

2.狐の嫁入り

晴れてんのに雨降ってて、狐の嫁入りに遭遇するたびにウケちゃう。

バグ?

逆に雨が降り続けている最中に一時的に晴れ間が見えることをそう言うらしい。『雨のことば』によると「すり鉢をかぶって井戸を覗いたり袖を被って見ると、狐の嫁入りが見える土地がある」らしい。

バグを起こす方法やっぱりあるんだ。

 

3.香雨(こうう)

よいにおいのする雨。

夏の終り、秋の始まりの雨はちょっと金木犀の香りが混じっている。

マスクを外してはつと息を吸い込めば、もう秋の空気になっている。季節の香りが濃くなると嬉しくなる。

 

4.干天(かんてん)の慈雨(じう)

日照り続きの時に降る恵みの雨。

鬼滅の刃』で水の呼吸の使い手が繰り出す技。

この技は「敵が自ら首を差し出してきたとき」のみ使われる慈悲の技で、切られる痛みを伴わない。

この技が登場したとき、「そうか、そうか」と優しい気持ちになれたが、「雨だったら水の呼吸より雨の呼吸では?」とも思ったことを覚えている。

結局「雨の呼吸」は出てこなかったので、これは水の呼吸の技でいいのだ。

 

5.糠雨(ぬかあめ)

細かい雨。ほとんど霧みたいに細かい雨。

部屋の中から眺めるには最も情緒があって、外に出る分には最も殺意が湧く雨。

傘を差しても意味が無く、気流に乗って顔にまでかかる性質の悪い雨だ。

でも眺めるぶんには好き。街が潤い、葉が濡れる。

「遠くから眺めて愉しむぶんにはいいけど、絶対に近付きたくないし知り合いにはなりたくない」そんな人のことを糠雨のようだ、と言い表す(言い表さない)。

 

6.桜雨

桜の咲くころに降る雨。

ほんと日本人て桜が好きでなんなんだ、と思うけど、たぶん外国人もふつうに好きだ。馴染みがあまりないだけで。

傘に桜の花びらがついている、それを見たときにしか現れない感情がある。

 

7.偽物の時雨(しぐれ)

「本物ではない時雨。木の葉の落ちるようすを時雨に見立てたもの」

この語句には「蝉時雨」や「落ち葉時雨」などが含まれている。

蝉のあの降り注ぐような生命の声を最初に雨に喩えた人は秀逸だ。

『雨のことば』で探しても「蝉時雨」が見当たらなかったのは、蝉時雨は天気ではないからだ。

 

8.春霙(はるみぞれ)

もう春だ~!って暖かい空気を愉しんでいた翌日、突然降る霙。

異常気象かと思っちゃうけど、4月あたりって気温的には11月ごろと同じくらいらしく、そう思えば霙が降ってもそうおかしなことでもないように思える。11月は霜月と言うくらいだし。

なんかそのサプライズが好き。

 

9.汗疹(あせも)枯らし

「夏に降る小雨をいう岡山地方のことば。小雨が降って気温が下がったり、雨で体を濡らすと汗疹が引っ込むのだという」

そんなのあるんだ。おもしろいので覚えておこう。

 

10.霖雨(りんう)

何日も降り続く雨。

雨そのものより、霖の字が好き。この字には「三日以上降り続く雨」という具体的な意味がある。

どうして雨の下に林がついて「三日以上降り続く雨」になるのだろう。どこか詩的で美しい文字のひとつだと思う。

 

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私たちは言葉によってすべてを言い表すことはできないし、言葉に頼る以上一生そのジレンマを抱えなければならないけど、それでこそ不完全な人間らしくていい。

どうにかして雨を言い表したくて雨の辞典が作られるほど言葉を作っちゃう、その営みがなんだかいじらしくて、言葉を操る人間を愛しいと思う。