蟻は今日も迷路を作って

真面目な話からそうでない話まで。本当の話から嘘の話まで。蟻迷路(ありめいろ)という人が書いてます。

「ナナへの気持ち」への気持ち

スピッツの好きな曲はいくらでもあるのだけど、なかでもやっぱり好きなのは「ナナへの気持ち」(アルバム『インディゴ地平線(1996)』収録)だ。

マイナーな曲だしそこまで人気曲でもないけれど、大好きなので語らせてください。

 

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「笑いすぎ?ふふふ……」という女の子のセリフで始まるこの曲は、曲調も、セリフで始まるところも、スピッツにしてはストレートな歌詞も、他の楽曲とは一味違っている。

わりに単調なメロディラインでサビ以外は淡々としている。ギターもベースもドラムスも8分音符を並べラップのトラックのような正確なリズムを刻み、ハモリが入る以外にはサビまで変化を見せずに進行する。

歌も淡々としていてあまり抑揚のない変化に乏しいメロディで、打ち明け話をちょっとずつ聴いているような印象を抱く。

内容はナナという女の子への気持ちをつづった歌詞。

気持ちをつづった、というよりか、ナナがどんな女の子であるか特徴を並べていく歌詞で、ほとんどがナナの描写に費やされる。

たとえばこんなふうに。

 

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ナナはちょっとアホな子なのかもしれない。

ここだけ読むと主人公はナナに対してちょっと冷たいというか、離れたところから見ている視点を持っている気がして、自分には持っていないものを持っている人に対する憧れと好意とわずかな嫉妬のようなものを読み取れる。

ナナのこと、気になってんだよな。きっと。

ところで「ヘンなとこでもらい泣き」とか「元気ないときゃ」って言葉の選択がスバラシくて、「変なところで」って漢字にしたり「元気ないときは」と砕かずに書いても意味は通じるのだけど、ここで言葉を崩すから子犬を観察するような単なるナナの描写にとどまらずに主人公がナナのことを想って(あるいはよく見て)語る実感が伴っているわけで、その感情の立体化にこの言葉の一端で成功しているわけです。

やや冷たく見えるような描写にとどまらず「アイツおばかなんだけどさ、でもね……」と感情が入っているわけです。

 

この曲は「ナナ」を好きな「おれ」の話を聞いている私たちの歌、なのだ。

 

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次も描写が続く。

ガラス玉のピアスとか日にやけた腕とか根元だけ黒い髪とか、なんかちょっとギャルっぽい感じで、困った女の子で。

だがここまで「ナナ」のことばっかで「おれ」の気持ちがよくわからないのだけど、次の一行ではっきりする。

「幸せの形を変えた」

この一行だけで、主人公がナナにどういう気持ちを抱いてるのかわかる。

「おれ」のタイプの女の子ってきっとナナみたいな子じゃなかったのだろう。アホっぽくて周りを困らせる、コギャルではなかったのだろう。

彼が思い描く幸せってもっと平凡で、ナナに巻き込まれていく不思議な世界のものではなくて堅実なものだったのだろう。

ナナという存在はその固定観念をぶっ壊して「おれ」を外に連れ出すようなパワーがあって、「おれ」を変えていく、幸せを変えていくのだ。

これって恋だ、とここではっきりわかる。「好きだ」って言葉じゃないところが素敵。

「幸せの形を変えた」という言い換えはこの曲のキラーフレーズだろう。

 

好きになっちゃったものは説明のしようがなくて、どこが好きかと訊かれると説明するのは難しく、外見の特徴とか笑い方?とか?言葉にしてみてもなんだか違うような、ぜんぜん言い表せなくてもどかしくなる。

「ナナのどんなところが好きなの?」と訊かれて答えたのはこれまでの歌詞にあることで、ナナってあんな感じだしおれも最初に会ったときはみんなと同じように誤解してた部分もあったんだけど、、、と言葉を重ねているつもりだけどちょっと冷たい描写にもなってしまいかねなかったのは、言葉が脆くて全然ナナのことわかってないみたいな上滑りの部分しか言えてないと気付いたからで、それが悔しいし結局どうして好きになったのか言葉にできない。ただ彼は気持ちを素直に言葉にできる。

「幸せの形を変えた」

 

そしてサビではこれまでの描写の饒舌が嘘みたいに「ナナ」と叫び、ハーモニーを重ねる。

「君だけが」「ナナ」「ここにいる」「ナナ」

名前を歌うことでしか表現ができない感情。

自分にとって特別な名前って魔法の言葉みたいなもので、呼びかけるだけで、書いてみるだけで、なにか力を与えてくれたりするものなんだ。

ナナにむかって走り出したくなるような、すでに走り出しているような、衝動的で溢れていて止まらない気持ち。

 

この曲はサビのあとに間奏を挟まずにAメロの展開に戻る。そこで曲が一区切りするので、次の歌詞でひとつシメになる。

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ここの歌詞が狂おしく好き。

「街道沿いのロイホ」って時代を感じる。ロイヤルホストってファミレスだけど今はそんなに見ない。(ひっそりと落ち着いたファミレスでここのパンケーキは美味しい。)

「夜明けまで話し込み」がこそばゆいね。夜明けまで一緒にいるってことは、彼はきっとナナとその先の関係に行きたかったのだろうな。もしかしたらまだ手も繋げていないくらいだったのかもしれない。

だから次の「なにも出来ずホームで」に繋がってきて、どうしてナナの笑顔が「憎たらしい」のか見えてくる。

ナナってたぶんなんにもわかってない。こっちの気持ちも、男がどういう生き物なのかも。

無垢で、ガラス玉みたいにキラキラしていて、日にやけた腕にはまだ少女のあどけなさが残っていて、ビタミンみたいなパワーが溢れててたくましい。

「よくわからぬ手ぶり」がそんなナナの無邪気さを表してて、直前の「憎たらしい笑顔」が本当に憎たらしいわけではなくて愛情を持った可愛さを言う「憎たらしい」なのだと気付く。

彼はナナとずっとお喋りをしただけのプラトニックな関係に見えるし、そしてなにも言い出せなかった情けない男のようにも見える。「おれ」はその先を望んでいただけに、この日はちょっと肩を落として帰るかもしれない。もちろんお喋りも楽しいのだけど……。だからナナの笑顔はちょっと憎たらしい。おれはナナに翻弄されている。

今までナナのことは外見の特徴とかあくまで上辺の描写にあてられていたのだが、ここで初めて「おれ」自身に向けられたナナが登場する。一晩話し込んで明けた朝の、反対側のホームに佇む「おれ」にナナがなにもわかってない憎たらしい笑顔をほころばせ、肩を落とすおれによくわからぬ手ぶりで笑わせようとしてくる、ナナ。

どうしておれがナナを好きなのかわかる。

ナナは、ナナだからだよ。

だから歌の最後にこう言えるのだ。

「君と生きて行くことを決めた」

このしめくくりが、情けないような主人公の男らしさをびしっとキメていて萌える。

 

この曲、最高なんです。めっちゃ書いてきたからわかると思うけど、イチバン好き。

女の子讃歌であり、恋愛讃歌。ちょっと覗かせる男らしさ。

ナナはどこにでもいるようなギャルっぽい普通の女の子で、この恋も普遍的なもどかしいものなのに、ナナへの気持ちだけは特別で。

単純な描写の重ね合わせに見えるけど、言葉の使い方とかたった一行の短い言葉の持つ情報量の多さで、ナナと彼の風景が見えてくる。

そして最後は恋じゃなくてこれは愛なのだと彼も、聴いている私たちも気付かされる。

それでも君が好きなんだよ、ナナがナナだからだよ、という尊い気持ち。

自分自身も抱いたことのある気持ち、自分だけのナナへの気持ちを思い出して温かくなって、ちょっぴり甘酸っぱくなる。

たまらない曲だ。

 

スピッツファンの「ナナ」さんがいたら本当に羨ましい。

 

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