蟻は今日も迷路を作って

くだくだ考えては出口のない迷路に陥っている

失われたピアスを求めて

日、夜遅くに彼女が半べそで帰ってきた。

「帰り道にピアスを片方落とした」

詳しく話を聞いてみると、その日はピアスの調子が悪くてたびたび耳から落ちていたらしく、帰り道にも落ちそうな兆候があったのでいっそのこと自分で外してしまえと耳から取ったら、指先から滑って落とした、ということだった。

すぐにスマホのライトで照らして探したが見つからなかったという。

彼女は目が悪いくせに眼鏡をかけない、コンタクトレンズを作らない人なので、夜道で落としたピアスが見当たらなくても不思議ではない。

とりあえず、マフラーとかコートの裾に引っかかっているかもしれないので玄関で脱いでバサバサしてみたものの、彼女の身につけていた衣服からは出てこなかった。

 

となると。

 

やれやれ、と私は言うのを我慢した。

彼女の帰りが遅かったので私はさきに夕飯を済ませていたのが功を奏した。おそらく空腹だったら機嫌を損ねて悪態のひとつでも吐いたかもしれない。前日に作りおいたシチューにうまく味が染みていたし、ついでに作ったゴボウのチーズ肉巻きも美味しくできていたのも私の情緒を安定させた要因だった。

どう考えても彼女は空腹で冷静さを欠いていたし、美味しいシチューを食べるべきだったが、そんなことよりも大事なものを彼女は喪失している。ここで私がこう言わなければ彼女は人間性までも失っていただろう。

「よし、もう一度探しに行こう。おれも行くから。君は眼鏡をもってくるんだ」

こうして夜の捜索が始まった。

 

「たぶん、このへんで」と彼女が指した路地は、街灯の間隔のちょうど闇が濃いあたりだった。

「たしかにここの白い壁の前でピアスを外したんだけど……」

「とりあえず、くまなく照らしてみよう」

各々がスマホのライトでアスファルトを照らして腰を折り、ひとつの異変も漏らさないように道路の端から目を皿にした。

自慢ではないけど私たちの住んでいる街は綺麗で治安も良く、犬の糞をはじめとする糞の類は一切落ちていないし、あからさまに故意に捨てられたゴミなどもない。近所の池には魚が泳ぎ、鴨が尻尾を振っている。野良猫だってちゃんと公衆トイレで用を足す街だ。

しかし普段は綺麗な道路でも、じっくり目を凝らすと細かなゴミが浮かんで見えてくる。

紙の端、クリップ、ドデカミンのキャップ、ビニールのかけら、などなど。きらりと光ってピアスかと思って飛びつくと、極小のボタン電池だった。

道路をじっくり見るのなんていつぶりだろう。アスファルトは一体、よく見るとさまざまな色の石でできているとわかる。やたらと青く染まった小石や、赤く光るもの、白いものもある。黒く見える道路だって近づいてみれば多様性に溢れているのだ。

「ないないないない」

私が道路の小石に思いを馳せているうちにも彼女は死に物狂いでピアスを探している。

彼女の言うとおり、他の発見はあってもピアスだけは無い。

幅の広い道路でもないし、案外すぐに見つかると踏んでいたのだが、何度同じところを行ったり来たりしてもピアスは見当たらない。

意外と通行人が多く彼らは私たちを不審な目つきで見てくるので、こちらも睨み返してやった。なんだコラ。見せもんじゃねぇぞ。

夜な夜な住宅街でピアスを探す私たちに向ける目つきの冷たさよ。それが人情ですか?悲しいよ私は。

するとひとり女性が「あの、なにか、お探し物ですか」と声をかけてきた。

「鍵とかなくされたんですか?」

「いえ、あの、ピアスを探してて……」

「あ~、ピアスですか……」

女性は半笑いで苦しそうに眉を顰めて、別に我々を手伝うでもなく西の方へ去った。

なんだったんだ。

「あの人はなにか心当たりがあったのだろうか」

「通りすがりの善意だったね」

 

20分ほど探したがいよいよその道にピアスは無く、考えられる可能性としては、「落としたときにコートのすそに引っかかり、うちへ行く道の途中でも落ちた」と「カバンの中や家のどこかにある」になった。

前者だとすると見つけるのはほぼ至難である。だが探さなければ見つかりもしないので、なんとなく道路を見渡しながらその日は帰宅した。

家にもピアスは無く、翌朝も彼女は早めに家を出て探したが、ピアスは見つからなかった。

こうなったら座敷童が奇跡を起こしてくれないと出てこないだろう。

 

でも、不幸中の幸いというか、ピアスを失くした時期だけは良かった。

「クリスマス」にかこつけて、いくらでも新しいものをプレゼントできる。