在宅勤務中に、ふと窓外へ目をやると街が白く染まっていた。雪だ。
私が涙を流すときと同じくらい静かに降るから、まったく気付かなかった。どおりでいつにも増して寒いと思っていたのだ。在宅勤務は下半身丸出しでやっているのとは関係なく。
雪が降ったらとりあえず外に出なければいけない。定時に仕事を切り上げて、パソコンを片付ける。
パーカーを羽織って外へ出ようとしたが、流石にこれでは寒いだろうと思い直してズボンを履いた。
まだ誰にも踏まれていない新品の雪がそこら中に積もっている。掬い上げられるほどの雪は久しぶりだ。燃えるように白いのに触れると脳髄が痺れるほど冷たくて、それがなんだかやたらに嬉しい。
見慣れた景色が非日常に染められていく。
街灯の明かりがロマンチックに見える。
いつもよりまばらな人影が孤独感を増している。
街から音が消えた。
雪は鳴かない。
ズボンを履いたとはいえ薄着で出たことを後悔した。私は自分のことを犬だと思っているのでこれしきの雪、むしろ熱烈歓迎と甘くみていたのだが、実のところ人間なのでさっそく指先がかじかんできたし、アゴが小刻みに震えて、どうしてかちょっと眠くなってきた。体温が失われているのだ。
尻尾を垂らしてハウスに戻ったが、ふと思い立って雪だるまを作ろうと決めた。
アパートの階段の踊り場に雪だるまを設置しておけば、仕事帰りの彼女が喜ぶに違いない。私はそういうサプライズが得意だし、自分でも結構、いい男だと自負している。
駐車場で雪を集めて丸め、一個は大玉スイカくらいの大きさに、もう一個はソフトボールくらいの大きさに形を整えて踊り場に運び、日陰となる角に設置しておいた。そこなら雪が降り積もって雪だるまが埋もれることもないし、日中は他の場所と比べて日照時間が極端に少ないため苔が生えてるほどの日陰になるのでしばらくは楽しめるだろう。
真っ赤になった指先を擦り合わせながらもサプライズの手応えに口角を歪ませて自分の部屋へ戻った。
帰宅した彼女は積雪に対してちょっと怒っており、帰り道がどれだけ大変だったかを興奮気味に話した。すぐには帰れなかったこと、会社が帰してくれなかったこと、在宅勤務の私を羨んだこと、雪道で滑りかけたこと、寒すぎること、などなど。その話の中に雪だるまはいなかった。
「あのさ、踊り場にさ、雪だるまなかった?」堪えきれず私から切り出した。
「ああ、あったね。どこの子どもがやったのかな?だってわたしたちのフロアに子どもいないじゃん?ということはほかのフロアの子がわざわざうちの階で作ったのかなって。でもそれってなんか気味悪くない?自分の階で作ればいいのにね。まさか大人があんな雪だるま作るわけないしね〜。なんか不気味で嫌だなぁ、どこの子なんだろ」
「ほんと、どこの悪ガキだろうね。まったくけしからんね。いやぁ〜これは管理会社に通報しとくか?けしからん、けしからん。よもや、よもやだ」
そう偽った私の声は震えてなどいなかった。
雪は音もなく降り続けた。私の涙と同じくらい静かに。