蟻は今日も迷路を作って

くだくだ考えては出口のない迷路に陥っている

タスクバーは忙しさ指標

ードな一日、それはついてない一日だ。

とにかくやることが多くて一度にいくつものタスクを掛け持ちしていると、だいたい午前11時ごろには「今日は残業するな」と確信する。

15時ごろになれば「これは20時コースだな」と正確な時間までわかってくる。

でも仕事を切り上げる時間は自分次第なので「何時までコース」は仕事がいつ終わるかではなく仕事をいつ終わらせるかの、自分の中の我慢の限界時間でしかないのであまり参考にならない。仕事は終わるかではなく、終わらせるかどうかだからだ。

 

忙しいと川を流される落ち葉のように時間があれよあれよと進んでいく。

自分のタスク、やるべきことがあるのに後輩に「ちょっといいですか?」と訊かれる。ちょっといいわけないのだが、自分が先輩にきつく当たられた経験を反芻して、できるだけ笑顔で「どうした?」と話を聞いてやる。

話を聞くと、けっこう厄介なものを抱えている。

けっこう厄介だが、後輩一人の頭脳でもなんとかなりそうなタスクではあるので、ヒントを与えてやる。

「うーん、ちょっと考えてみます」と言ってパソコンを抱えて引き下がる後輩。彼女が考えている間に私は自分のタスクをすすめる。これが狙いだ。

すすめたいのだが、次の瞬間、問い合わせの電話が鳴って作業は中断される。

「以前、作業を実施していただきましたこの案件なのですが──」と電話の相手。去年やった仕事なんて忘れたよ。今更何の用だよ。

話を聞いてやり、解決策を導き出す。

それはもう、思考ではなく反射的な手段。経験から即座に出てくる対応策。AといえばB、北といえば西、川といえば山、カレーといえばライス。

それがうまくいかなければまた別の策を繰り出す。

 

ハードな一日、それはついてない一日だ。

私の対応策はことごとく潰され、時間を目一杯使ってなんの進展もなかった。頼りの先輩方も既にログアウトしており、あろうことか後輩はまだ悩んでいる。彼女が抱えるタスクもいくつかあるのだが、並列処理が苦手なのでせき止まってしまっている。

とりあえず問い合わせについてはいったん切り上げて、後輩には明確な解決策を与える。はっきり言ってがっかりしたのだが、先輩として教育が悪かった責任もある。

私が本来片付けねばならなかったタスクはここから巻き返して終わらせられる。残業はまだまだ続くけど頑張ろう。そう思った時だった。

「あの、もうひとついいですか……?」

いいわけがないのだが、情けない先輩として笑顔で「どうした?」と聞いてやる。

 

それからいろいろあったのだが、後輩は30分残業をして帰り、私は「もうひとついいですか……?」を片付けるべく居残り、どうして後輩のものを私が引き受けていて彼女が先に帰ってしまったのか納得がいかなかったが、まぁ、彼女がいたところでなんの足しにもならなかったので合理的と言えば合理的だな、とちょっと腑に落ちたりもして、その思考が後輩には残っていることが腹だたしくもおかしくてマスクの下で笑っちゃったんだけど、それにしてもコレめちゃくちゃ難しいな、なんでこんなアホ難しいのを誰にも連携しないまま抱えてたんだよ、もう泣きそうだよオレでもどうしようもないよコレ、え、もう19時半?うそでしょ、ああ、ユーザーが待ってるよ、え、これ死?詰んでるやつ?え、え、え、

 

ハードな一日、それはついてない一日だ。

なんの成果も挙げられず、ただ時間をいたずらに消費し、課題を残しまくったまま一日が終わる。

タスクバーにありとあらゆるファイルとフォルダが開きっぱなしになっている光景が、その日の壮絶さを物語っていた。