蟻は今日も迷路を作って

くだくだ考えては出口のない迷路に陥っている

石けん の ふしぎ

けん工場の動画を見るのが好きだ。
「好きだ」と書いたけどそれは「靴下工場や耳かき工場の動画を見るよりは比較的に好き」レベルのもので、いつか石けん屋さんになりたい少女に相当する熱意があって石けん製造の現場を視察しているわけではないし、私が恋人へ向ける愛情が100%だとしたら石けん工場の動画へ向ける好意は調子が良くてもだいたい12%くらい、靴下工場への好意が7%なので、「好き」とは言い条はっきり申し上げるけど先述の「好き」は「嫌いではない」という程度の意味合いだから、もはやこの文章を消して他の話題を書いたほうが良いかもしれない。


石けんの生産を見ていると何とも言い難くもどかしくなる。
大鍋で油とカセイソーダを煮込み、なにやら機械でゴソゴソすると粒状の石けんの素が出てきて、その後もなんやかんや複雑かつ繊細な工程を経て、細長く成形された石けんが四角く裁断されパッケージに詰められる。

この最後の工程、「細長く成形された石けんが四角く裁断され」るところが見ていてひじょうにもどかしい。

マットな質感だが象牙質の光沢をはなち、四角く並べられた様はチョコレート牛乳羊羹(そんなものはない)のような見た目で美味しそうなのだ。

口に入れたら常温でもちょっと冷たくて、甘さは意外と控えめなんだけど風味が甘いからどちらかと言うとお茶に合うんだろうな。

石けんを食べたことないからわからないけど、たぶん ういろうに近いんだろうな。ういろうも食べたことないけど。

この異国のお菓子はチョコレートともちょっと違くて、板チョコよりもつるりとしてさっくりした歯ごたえだし、素材の甘みが強いんだよね。

原産地だと頻繁に食べられてるんだけど、日本じゃあまり馴染みがない。現地のサボテンの花から絞ったお茶とバツグンに合うので、ぜひ旅行の際には食べてみてください。(カルディで前に売ってるのを見かけたけど今もあるのかな……?)

 

石けんのその最後の製造過程を見ていると、食レポしたくなる。

見慣れない異国のお菓子のような雰囲気だ。

そんな雰囲気なのに、実体は石けんである。これがもどかしい。

あの見た目で食べられないって嘘だろ?

小さい子どもが風呂場の石けんをちょっと食べてしまって苦くて泣きだす、みたいな話を聞くけどその気持ちがよくわかる。

とくに新品の石けんは美味しそうだもの。

石けんのアルカリ性のにおいがしていても、なんかそういう食べ物に見えるもの。

食べれないくせに食べれそうでしかも美味しそうな見た目をしてるこの錯誤が私を混乱させて、石けんを不思議な存在へと昇華させる。食べれないというだけで不思議でもなんでもない化学物質なのだが、どうしても納得できない。

 

さっきから「石鹸」でも「せっけん」でもなく「石けん」と書いているのにも理由がある。

「石けん」と見ると、一瞬、「石(いし)……?けん……、あ、石鹸のことか」となりませんか?

なるんですよ。

「せっけん」の音イメージに石の要素が希薄だし、見た目も石よりか異国の菓子だから「石けん」と書かれると理解がほんの一瞬遅れるんですね。

私が「遅れる」と言ったら遅れるんだこの世界は。

 

私が「食べれる」と言ったら食べれるんだ。石けんは。