ロックンロールにおいて最も大切なことはなんだね?とカーネルサンダースは僕に言った。
昼下がりにふらりとKFCに立ち寄った僕にとってそれはあまりにも唐突なことだったからはじめは呆気に取られたけれど、まぁ、カーネルサンダース人形ならお喋りくらいするかと妙に納得させる雰囲気と貫禄があった。それよりはむしろ、カーネルサンダースがロックンロールをかく語らんとするほうが驚いたし、意外に思えた。てっきりゴスペルかと。
なにか答えなくては。困惑しながらも言葉をふり絞った。
「ロックンロールとはこうあるべきだ、と語らないこと、です」
カーネルサンダースは、人形のように黙り込んだ。
僕は店に入れないでいる。観音開きのガラスドアの前に佇み、白髪の蝋人形と対面している。休日の商店街は人通りも多く、みんなどこかへ向かって歩いていたか、あるいは異性を探す虫のようにふらふらと彷徨っていた。僕だけが店に入れもせず、辞退もせず、居場所を失って、ただ佇んでいた。そんな僕を店員も、通行人も気にかけてはいないみたいだった。
たっぷり時間が経ってから「こりゃあ一本取られたな」とカーネルサンダースは唸った。「やるじゃないか」
思わず僕は頭を下げた。誰かに褒められるのは久しぶりで、蝋人形に褒められるのは初めてなのだ。
「気に入った。なにか楽器やってるのかね?」
「口琴をすこし……」
「はっはっは」温かい笑い声だった。「ますます気に入ったよ。今度聴かせておくれ。私が聴ける音楽といったら商店街のクラシック有線と店内のポップス有線ばかりでね。刺激が足らない」
「どういった音楽が好みなのでしょうか」
「それを教えたら演奏(や)ってくれるのかね?」
「口琴にジャンルはありませんから……」
「ブルーグラス」
「ブルーグラス?」
「速弾きとバッキング。ダブルベース、フィドル、マンドリン 、そしてバンジョー。フォギーマウンテン・ブレイクダウン。ロックンロールの叔父さ」
ロックンロールの叔父。
恥ずかしながら聴いたことがない。そしてやはり、好みは意外だった。ロックンロールの叔父か。
「次来るまでに練習しておきます」
「楽しみにしている。そのときのお代の先払いとして、今日は全部私にツケといてくれてかまわない」
「どうもありがとう」
僕はまた頭を下げて、ようやくガラスドアの中へ入った。
「ぃらっしゃぃませッ!!!!」
宦官みたいな笑顔が炸裂し、強烈な挨拶が店内にこだまする。僕は自分が祝福されていると感じる。宦官みたいな店員は僕のために笑顔を振りまき、鶏は僕のために命を捧げ、ポテトは僕のために八つ裂きにされ揚げられる。これもすべて、カーネルサンダースに認められたからだ。
「店内でお召し上がりですか?」
「チキンセット付け合わせポテトL、ペプシ、追加でハーフチキンとこの激辛チキン5つ、チキンクリスプバーガー3つ、コールスローL、ああ、やっぱりチキンセットはこっちのファミリーセットに変更で、あとはビスケットと、フライドフィッシュ。店内」
店員の宦官は、ひとつひとつに頷いて、レジスタに注文を入力していった。
「全部お一人で食べられるんですか?」
「そうだよ」
「たいへんな量ですが、大丈夫ですか?」
さぁ、どうだろう。僕はただ頷いてみせた。
「お会計、」
その金額も聞く意味がない。なぜなら、
「表のカーネルサンダースにツケといてくれ」
店員の宦官はキョトンとして固まった。それはそう、蝋人形のように。