乗代雄介さんの『パパイヤ・ママイヤ』を読んだ。
ひじょうにおもしろく読めた。
乗代さんは信頼している作家の一人で、これまで読んできたもので期待を裏切られたことはない。
更新頻度はあまり高くないけどずいぶん昔から はてなブログをやっているようで、記事数も多く、プロの文章を無料で読めるのでありがたい。ブログをまとめた書籍『ミック・エイヴォリーのアンダーパンツ』(未読)も出している。
芥川賞候補となった『最高の任務』以来好きな作家で、『旅する練習』には特に驚かされた。読むたびに、丁寧に文章を書くとはこういうことだと思わされる。『皆のあらばしり』もよかった。
描写文に力を入れている作家で、それがひとつの作家テーマとしてあるのかなと思う。
『旅する練習』では主人公が旅をしながら目にした風景を描写することが「練習」の主題となっているし、今回の『パパイヤ・ママイヤ』では写真の構図に描写テーマがある。
レースを編むみたいにして細かく形作られた描写文の世界からは湿った空気のにおいとか、春先の冷たい風とか、潮のべたつきとか、直射日光で焼ける肌の感覚とかが自分のことみたいに頭の中の記憶に染み込んでくる。だからかわからないけど乗代さんの作品を思い出すとき、いつも作品の中の風景とか空気感が思い起こされる。
本作は10代の女の子パパイヤとママイヤの一夏の出会いと青春の物語だ。ママイヤは青春に憧れているから、青春の物語、とした。
父親が嫌いなパパイヤと母親が嫌いなママイヤ。
親に対して暗いものを持つ二人だけど、お互いの抱える苦しみが共通項となって仲良くなっていくわけではなくて、二人で見たものや経験したことがきっかけとなって仲を深めていく。
もちろん、二人の暗い部分をさらけ出すことでより仲は深まっていくのだけど、すべてがすべて物語的に用意されたようなドラマチックなもんじゃなく、会話の文脈や互いの見たものの「描写」や出会いによって関係性を深めていくというのが、なんかリアリティがあっていいなと思った。友だちってたしかに面白いことと苦難を共に乗り越えるような経験がないとつながっていかない。
そしてどれだけ喋っても、会っていても、お互いにわからないことは多いというのは、まるでリアルな人間関係だ。
私だって友だちのわからないことは、わかっていることよりも多いだろう。
そして読後感がいい。
読後感を味わうためにこの作家を追っている。どの作品も、物語の展開に関わらず、心に深く残っていく読後感を与えてくれる。
なんていうか、最後の最後で4拍子が8ビートに変わる曲みたいな高揚感がある。
作中で気に入ったセリフ。
なんでもかんでもわかってるみたいなこと言って、なんもわかってなくて、絶望するみたいなことってある。
これからも楽しみな作家だ。