蟻は今日も迷路を作って

くだくだ考えては出口のない迷路に陥っている

パズーはなぜ金貨を捨てなかったか?

週金ローで見たラピュタ、面白かったですね。

ほんとうに。

(前回の記事)

ラピュタのオープニング大好き人間 - 蟻は今日も迷路を作って

 

前回はラピュタのオープニングが大好きでたまらん、って話をした。

今回はタイトルにもあるように、パズーがどうして金貨を捨てなかったのかを考察しよう。

 

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シータがムスカ陣営に囚われてしまい、パズーはシータの言い分もあって金貨を受け取って、守ると約束した少女をおいて一人トボトボ帰宅することになる。この挫折と敗北のシーンに問題提起したいカット「金貨を投げ捨てないパズー」がある。

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道中で転び、情けないことに金貨を取りこぼしてしまうパズー。金貨を拾い集め、そこで握った金貨を投げ捨てようとするも、挙げた腕は力無く震えるばかりで結局捨てられず、金貨はポケットに仕舞って、また帰路を歩くのだった。

この金貨を捨てないのはなぜだろう?

いや、「捨てられない」のはなぜだろう?

権力に平伏し、シータの言い分を聞き入れたものの納得感を得られず、言うなれば不貞腐れていたパズーはこの場面で「ちきしょう!」とでも吠えて金貨を捨ててもストーリー上問題はなかったはずで、むしろ捨てた方が「ああ悔しいよね」と視聴者も感情移入をしやすいのではないだろうか。

でも捨てない。

捨てさせない。

そして、捨てないからこそ、よかった。

ここで捨てないからこそ、パズーという男の子の解像度がグッと上がった気がした。捨てない選択をしたことにパズーの人間像が表れていて、なんていうか、作中におけるリアルな感情描写である気がするのだ。

どうして捨てられなかったのかなんて明確な答えはないのでわからないけど、捨てない描写をしたからこそパズーにリアリティが出た。

だから捨てさせなかった宮崎駿はすごい。

 

さて、どうして捨てられなかったのか、その理由はいくつかあると思う。行動ひとつに対するバックグラウンドの理由部分は複数あるというのは現実世界の私たちにとっては当たり前のことであるから、ここでひとつに絞れないのはある意味正しいことで、言葉によって感情が説明されずに行動だけで示されるのは要因部分がひとつではないことの証左であると言えよう。

いくつか理由を考えてみたい。

まずひとつとして、パズーはシータの言い分もあって釈放され、あまつさえ口止め料として金貨をもらったのであり、シータの方便を見抜いていたかどうかはともかくとして金貨はシータの「代わり」になったわけだから、金貨を捨てる行為はせっかくパズーを守ってくれたシータを蔑ろにしてしまうような気がする、というものだ。金貨を振り上げたときにパズーの脳裏にシータの顔が浮かんだのは間違いない。

また、決して裕福そうではない生活をするパズーにとって金貨は夢を叶える(ラピュタを見つける)ために必要な資金。そういったリアルな生活をかけた現実的な側面が金貨を捨てさせなかったのかもしれない。

だいたいパズーはシータを守ると約束したのにも関わらず(してないかもしれない。でも困ってる子を助けようという気概はあったはず)呆気なく捕まってしまったその情けなさと自責の念に駆られていることはたしかであり、お金を投げ捨てる行為は単に虚しい負け犬の遠吠え、ようは八つ当たりにしかならない虚しい行いである。シータはもう帰ってこないし、パズーは敗北をした事実に変わりない。そんなどうしようもなさのせいで、金貨を捨てられない。捨てても意味がない。

さらにメタ的に状況を捉えるなら、ここでパズーが金貨を捨てられなかったことで「完全敗北」の感じが演出される意図を汲める。

そもそも金貨を捨てられるくらいの度胸があったのなら、要塞で受け取らずにその場で捨ててなにがなんでもシータを救えたはず。それができなかったからトボトボ一人で歩いて帰ってきたのだ。

「金貨を捨てることができたパズー」じゃないからこそ敗北の描写ができたのであり、敗北描写の必然的なものとして「金貨を捨てられなかったパズー」が存在している。

メタで捉えるなら要するに「パズーを完全敗北させたかったから」金貨を「手放させなかった」のではないかと考えられる。

だからこのあとドーラに焚きつけられてパズーに火がつき生活も金もかなぐり「捨てて」シータ救出へ向かうのは、金貨を「捨てられなかった」"敗北のパズー"の裏返しであり、覚悟の表れ、挫折と敗北からの再起を表現していると見られる。

 

金貨を捨てないという行為だけですべてを語るかのような描写性はもはや文学じゃん。行動の根拠と狙いが鋭く深い。

この金貨のシーンからからドーラに小屋を占拠され、仲間に入って飛び立つまでのシーンは作中屈指の名場面だ。ドーラがロブスターを殻ごとかじるのが好き。怪我するよ。

幼い頃に流し見てしまったシーンのひとつひとつの描写力の密度に驚かされ、昔よりも楽しんで観賞できた。

夏のジブリ特集ということで今週はトトロだ。

トトロも好きな場面いっぱいあるんだよな〜。お父さん役の糸井重里の棒読みが今から楽しみで仕方ない。