蟻は今日も迷路を作って

真面目な話からそうでない話まで。本当の話から嘘の話まで。蟻迷路(ありめいろ)という人が書いてます。

AIはもっと他にやるべきことがある

AI(人工知能)の進歩が目覚ましい。

イラストの自動生成技術が特にすごいことになっていて、こちらの文章要求に対して30秒くらいでイラストを作成してくれるソフトや、イラストレーターの絵柄を学習させてその絵柄を真似たイラストを自動生成するAIが登場したりしている。

その精度は日進月歩ならぬ、秒進分歩。うかうかしているとこの世のすべてのイラスト仕事がAIに奪われてしまうのではないかとこれはもはや杞憂にも終わらない懸念になりつつある。

懸念の一方でシンプルに技術の発展は楽しくて面白いな、とも思う。

お絵描きばりぐっどくん というLINEで遊べるイラストAIが面白くて、こちらの無茶ぶりにもAIらしく思考してイラストを送ってくれるのがなんともいじらしい。

「ケーキ」と要求してどうしてこんなカラフルなものになるのかわからないのだが、たぶんいろいろな学習の結果こうなったことが推察されそのバックグラウンドに思いを馳せるのも一興。

「悲しんでる赤鬼」に至ってはなんかこういうロゴみたいだ。悲しんでるようには見えないし。

自分でもよくわからない指示を出してみると、AIはさらにわけのわからないものを生成する。でもなんか、雰囲気というか、勢い、みたいなものは汲んでくれている。それに人間にはこんな絵は描けないなってところが面白い。

こちらの指示の出し方によってはもっと精度の高いものを作れるだろうし、イラストの描けない人にとってはAI画家はひじょうに有効なツールになりうるだろう。高い金を払ってイラストレーターに依頼しなくてもよくなりそうだ。

 

などと考えて、私はイラストレーターじゃなくてよかった、と思った。

人生の多くの時間を割いてたゆまぬ努力の末に獲得した自分の絵柄やタッチや作風が、AIによってものの数秒で真似されるのに、己の矜持が揺るがないわけがないからだ。仕事も減っていくだろうし。

ムカつく。

誰だこのAIを作ったやつは。

なんとかしてコンピューターを破壊せねばならない、と使命感に燃えるかもしれない。

「いやいや、AIを頑張って作った人もいるでしょうにその方の努力を蔑ろにしていいわけないじゃないですか。それに他のAIを使った技術をあなたは享受していてそれにより仕事を奪われた人もいるでしょうに自分のことは棚上げですか?」みたいな、人の心をAIに奪われたようなコメントもあるだろう。知るか馬鹿。殴らせろ。

きっとAI画家を持ち上げるようなやつは美大試験に落ち続けて挫折し己の才能の無さから目を背けて他者の画業成功を恨み、この世のすべての芸術作品を無用の長物として火にくべるようなファシストに違いない。

私がイラストレーターだったら、そんなことを思い、寝込むかもしれない。

実際問題、これからイラストレーターの方々がどうなってしまうのか私にはわからないし、AIによって技術だけでなく矜持まで奪われたらたまったもんじゃないと同情する。

 

でもそういえば似たようなことがチェスと囲碁と将棋の世界でもあったのを思い出す。

人工知能との戦いでチェスの世界王者が破れ、囲碁が破れ、複雑ゆえに人工知能では人間に勝てないとされた将棋すらも破れて人間の敗北が決定的になったとき、なにやらものものしい絶望感を肌にも感じたのは、「たかがコンピューター」に人間が敵わなくなった悔しさよりも、人間としての誇りが踏みにじられたかのように思えたからだったのではないか。

それはたしかに悲しいことだったし、いくらやっても人工知能には勝てないのだからここから先の努力は無駄だと思える遣る瀬無さを覚えた(私はニュースで読んでいただけだけど)。

しかしその後、藤井聡太棋士の登場により「仇敵AI」の捉え方が「共存」へと変わっていった。

AIをツールとして使い研究を重ねた藤井棋士はいまや留まるところを知らんばかりの強さを手に入れ、しかもまだまだ強くなっている。

将棋における魅力は棋士たちの思考と精神を反映した頭脳殴り合いの対局と棋譜に宿る魂そのものであり、AIへの敗北がどうであろうがそこは揺るぎないという、根本の魅力を私たちは再発見し、成長できた。

 

イラストAIのみならず、すべてのAIはそうなる運命にあると思う。

結局のところAIはツールに過ぎない。

人間が作り出すものとはまた別の世界線に位置する魅力を備えているものであって、人間とイコールの存在ではない、ハサミや鉛筆とおなじ道具だ。

今は技術の進歩に浮足立って「人間の真似事」程度で喜んでいるけれど、そのうちもっと、AIはAIにしかできない仕事を任され、人間は人間的魅力を打ち出せる作品作りをするようになるはずだ。

根本的に「人間が作る魅力」をAIは作り出せないわけで(結局ニンゲンの真似になってしまうから)、AIは人間たり得ない。一方で人間側は作家も消費者も人間の創り出すものへの価値を楽しめる視座の獲得が必要になることは確かだと思う。

人間がAIの真似事をはじめたときが終わりのときだ。

そうならないように、逆境ではあるかもしれないけれど、今いちど人間(そして己)を見つめ直し、進化のチャンスに変えていく方が建設的ではないか。

 

じゃあ具体的にどうするの、と言われたら返答に困っちゃうけどさ。

 

それにしても、AIが出てきたときは単純労働や多くのデスクワークの仕事が奪われる!と懸念されていたけど、実際には芸術方面が脅かされるなんて。

なんかAIはもっとほかにやることがあるんじゃないかと思えてならない。

可及的速やかに人間からすべての仕事を奪って、人間に楽をさせてほしい。

みんなが働かずに楽にやっていけたら最高じゃん。そうなってほしいんだよ私は。仕事をしたい人だけ仕事してればいい。

AI奴隷の時代よ、早く来い。