北海道は意外と、というか、ある意味あたりまえのように、ちゃんと寒かった。
でも全国的に気温が下がったので、地域特有の寒さじゃなくて、変な気候による訳のわからないタイミングで寒くなってしまっただけなのかもしれない。
札幌にいたときが最も気温が低くて、ガクガク震えながらユニクロへ朝イチで駆け込んだ。
ユニクロには他にも旅行者と見られる半袖を着てキャリーバッグを引く男性や、肩を寄せ合って摩り合う旅行者らしきカップルや私のように見るからに薄着の旅行者がいたるところをウロついており、互いに「おたくもですか」みたいな目線を交わす。こんな気温聞いてねぇよな。鳥肌を寄せ合って北国で震える私たちの、これもなにかの縁なのかしら。
ヒートテックの肌着を3枚、これからの旅行分買った。
ヒートテックは本当にすごくて、それとシャツと軽めのアウターだけでもなんとか凌げそうになった。動けば動くほど暖かくなる。なんらかの賞をユニクロに授与した方がいい。
富良野には2日間滞在した。
札幌は寒かったが、富良野は思いの外、暖かかった。
でも空気の芯が冷たくなっていて、マスクを外して深呼吸すると北国の秋の気配に胸の奥が騒ぐ。暖かいとはいえ、やっぱり北国で、富良野はこれから冷えていく、そんな予感を含んでいた。
富良野、美瑛は行く先々で絶景が広がり、心に易く、こんなところで暮らしていけたらなと思うものだが、それはきっとこの場所に住んでないから思える贅沢なことなんだろう。
どういった言葉でも語り尽くせない、牧歌的な美しい景色を前に圧倒される。
こんなときに俳句を捻られたら少しでもここにある情緒を表せただろうか。もしも絵を描けたら、この感動を絵の具に込められただろうか。あるいはピアノが弾けたら音楽が流れただろうか。
ブログしかやってないのでろくな文章にならないし、写真だって下手くそだ。それでも少しでも、この日の風の冷たさと空の青さと景色の美しさと、隣に妻がいることを残しておきたい。
ところで夕暮れ時になって、妻が丘のどこかでピアスをひとつ失くしたことに気付いた。
ホテルへの帰路の途中で気付き、仕方なくUターンしてその丘へ引き返した。
ここのどこかにピアスが落ちている。
すごく絶望的だ。
「見つかったら奇跡だね」
「でもおれたちの今回の旅はすごくツイてるよ。雨もそんなに降られなかったし、今日はよく晴れたし」
一縷の望みにかけながら落ち穂拾いをする人みたいに俯いて枯れ草をかき分けるが、芝生はふかふかしていて深く、陽は暮れかけていて風はどんどん冷たくなっていくばかりで、目を皿にしたものの、それらしいものはなかった。
「わたしはあと何回、ピアスを失くすだろう」
「おれはあと何回、一緒に探すだろう」
妻が機嫌を損ねはじめたので、これほまずいと思い、閉店間際の道の駅へ急いで寄って、甘いお菓子を買った。
「暖色系のピアスを片方なくすのは、恋愛関係のトラブルの前兆なんだって。失くした人は言動とか行動を省みた方がいいってネットに書いてある。どう思う?やっぱりわたしのこと怒ってるでしょ?」
「怒ってないよ」と言うしかない。
実際に怒ってなどいない。
夜になると冷えるから、とりあえず帰ろう。富良野はこれから寒くなる。
そう言って山道をひた走った。黄昏れから逃げるように。